蓋をしていた性虐待の記憶が蘇ったきっかけは、父の酒乱と再度繰り返された性暴力だった
◆私の体に伸びてきた父の手 父が座るコタツのそばに、見慣れたコップがあった。父がいつも焼酎を飲む時に使うコップだった。思わず顔をしかめると、「中身は水だ」と言い訳がましく言われた。どちらでもよかった。自分にはもう、関係ない。好きなだけ酒を飲んで、好きなだけなにかを壊して、そうして早くいなくなればいい。そう思っていた。 「お父さん、お酒弱くなったんだ」 ぽつりとそう言った父は、「昔はあれくらいの酒で、あんなふうにはならなかったのに」と嘆いた。人の記憶など当てにならない。この時ほど、強くそう思ったことはない。昔、自分がどれだけ暴れたか覚えていないのだろうか。酒の量など関係なく、気分次第で何度も私に手を挙げたことを。 「お酒、やめれば」 静かにそう言った私に、父はへらっと笑いかけた。その顔に、見覚えがあった。口元だけが笑っていて、目は笑っていない。どんよりと濁った目が、父の飲酒を物語っていた。「中身は水」ではないのだな、と痺れた頭の片隅でぼんやりと思った。 「お父さん、この前、釣りに行ったんだ」 唐突に話題を変えた父は、なぜか腕を私のほうに伸ばした。そして、釣りの話を続けた。 「魚がどういう場所にいるか知ってるか?何もない広い海の中より、岩場とか隠れる場所があるところにたくさんいるんだよ。ほら、こういう感じのところ」 父の指が、私の太ももと陰部の境目をなぞっていた。小魚がそこでうごめいているような、妙な錯覚に襲われた。このあと、何が起きるのかわかっていた。この指がどこに向かってくるのか、わかっていた。わかっていたのに、一寸たりとも動けなかった。
碧月はる