英トラス政権の大型減税が「トリプル安」誘発…ここから学べることは何か?
英国トラス政権が9月23日に発表した大型減税政策が波紋を広げています。株式、債券、通貨の「トリプル安」が引き起こされたからです。ここから何を学べるのか。第一生命経済研究所・藤代宏一主任エコノミストに寄稿してもらいました。 【グラフ】急激に進む円安は止められない? 今さら聞けない為替のキホン
「拡張的財政政策+金融引き締め」が混乱招く
英国はいわゆるトリプル安(株式・債券・通貨)に見舞われました。発端はトラス政権(クワーテング財務相)が公約を大幅に上回る規模の景気刺激策を発表したことです。景気刺激策の大枠は(1)2023年春に予定されていた法人税率の引き上げ撤回(19%→25%)、(2)2022年4月に予定されていた国民保険料の1.25%引き上げ撤回、(3)2023年4月から所得税の基本税率引き下げ(20%→19%)、(4)所得税の最高税率(45%)廃止、(5)初回の住宅購入者に対する不動産取得税引き下げ――です。既発表のエネルギー料金凍結策と合わせると極めて大きな規模になります。 金融市場では「景気刺激策→インフレ高進→金融引き締め圧力増大」との連想が生じました。景気刺激策が未曾有のインフレ(8月の消費者物価上昇率は約10%)に拍車をかけてしまうことで、かえって英国経済が混乱するとの見方から株式は下落し、債券と通貨ポンドは急落しました(金利は急上昇)。今回の政策は「拡張的財政政策+金融引き締め」という矛盾を抱えた政策の組み合わせが招いた混乱と言えます(※英国中銀は高インフレを抑制するため、2021年12月に金融引き締めに転じ、その後段階的に引き締め度合い強めています)。
金融引き締めにもかかわらずポンド急落
さて、英国の経験から得られる示唆は何でしょうか。筆者は、英国中銀による金融引き締めにもかかわらず通貨ポンドが売られたことに注目しています。ポンド(対ドル)は5月中旬時点の1.25ドルから1.07付近へと急落しましたが、この間の米英金利差(英国‐米国)はグラフの通り拡大しており、金利差では全く説明のつかない動きをしています。5月下旬に米国と英国の10年債金利差は1%以上(米国の方が高い)ありましたが、直近は英国の10年金利が4.2%、米国の10年金利が3.9%と明確に逆転しています。 同じく通貨安に直面する日本では、日銀の金融緩和が日米金利差拡大観測を通じて円安を助長しているとの指摘が多くあり、日銀に金融引き締めを求める声もあります。そうした指摘には日銀の利上げによって日米金利差が縮小すれば、為替が円高方向に動くとの前提が置かれています。しかしながら、英国の事例は内外金利差のみで為替を説明することの不完全さを浮き彫りにしたと言えるでしょう。米国との金利差が縮小しているにもかかわらず通貨安が進行した事実は重要だと思います。