「悪い円安論」にウクライナ情勢で物価上昇も…マイナス金利撤回も視野
「悪い円安論」が一部で広がる中、「マイナス金利」解除を含む日銀の金融政策は見直されるのか? 第一生命経済研究所・藤代宏一主任エコノミストに寄稿してもらいました。 【グラフ】目立つ日本株の弱さ 鍵を握るのは…データから見る
金融緩和の副作用?「悪い円安論」
2023年4月の黒田総裁の任期満了に向けて、「イールドカーブコントロール」を主軸とする現行の金融緩和策が修正されるとの見方が浮上しています。黒田総裁の任期満了を約1年後に控え、日銀内部では金融政策を「元の形」に戻す計画を既に画策中なのかもしれません。ここでいう元の形とは、「マイナス金利」撤回を含むイールドカーブコントロール政策の終了です。日銀は2016年9月から翌日物金利を▲0.1%、10年物金利を「0%程度」に据え置くイールドカーブコントロール政策を実施しています。 金融政策の行方を考える上で、円安や原油価格上昇といった輸入物価の重要性が増しています。特に円安は、金融緩和の副作用と一部で認識されるほどに評判が下がっており、政策修正を促す要因になりつつあるように思えます。その意味において、内外金利差拡大を通じて円安を促す効果があるとされるイールドカーブコントロール政策が見直される可能性があります。 為替は内外金利差のみで決定されるものではありませんが、短期的には「日米金利差拡大→円安」といった反応が起きやすいのは事実です。今後もそうなるかは不明ですが、仮に円安トレンドが強まった場合は、日銀の金融政策に一定の注目が集まるでしょう。円安が続く状況下でガソリン、日用品、加工食品など生活に身近なモノの値上げが相次ぎ、消費者の体感物価が著しく上昇すれば、消費者マインドを通じて個人消費に悪影響が及ぶでしょう。そうした中で「悪い円安論」が盛り上がっても不思議ではありません。
上がらない賃金「誰のための円安か」
では、なぜ円安はここまで不人気になったのか。それは取りも直さず賃金上昇に寄与しなかったことが大きいでしょう。アベノミクス以降の円安によって企業収益は著しく増加し、株価も上昇しましたが、それをよそに企業の賃上げスタンスに変化がみられず、労働者(消費者)が割を食う構図にあります。「誰のための円安か」という疑念が湧いてくるのは自然な流れにも思えます。 そうした「悪い円安論」の盛り上がりを横目に、実質実効為替レートの低下(円安)は止まりません。海外とのインフレ率格差を加味した実質実効レートは50年ぶりの低水準に落ち込み、円の購買力低下を浮き彫りにしています。良くも悪くも世界のインフレから取り残されている日本は、海外とのインフレ率格差が拡大傾向にあるため、今後ドル円レートが横ばい圏内で推移したとしても、“見えない円安”は続き、その間、円の購買力は一層低下します。安いニッポンの安い円といったところでしょうか。 そこにウクライナ情勢の緊迫化を受けた一次産品価格の上昇が加わります。国際市場では米WTI原油が高止まりし、穀物価格も上昇基調を強めており、今後日本国内でガソリン代と食料品が高止まりすることは必至の情勢です。そうした輸入インフレの加速が見込まれる中、「日銀は10月にマイナス金利を撤回、10年金利の上限を0.25%から0.5%へ引き上げる」と予想する機関も出てきました。 10月はさすがに急進的過ぎるとの印象を受けますが、やや期間を拡張すれば十分に起こり得る政策修正だと筆者は考えています。2023年4月の黒田総裁の任期満了を見据えて、早ければ2022年度中にも金融政策の見直しに向けた地ならしを始めるのではないでしょうか。