現金3400万を残して孤独死した女性、震災で亡くなったフィリピン人…“名もなき人”の足跡を取材した現役記者が語る
武田 ありがとうございます。僕が三浦さんの作品に出会ったのは、以前、戦争取材を始めようとした際に、会社でデスクが「面白い本だよ」と三浦さんのデビュー作『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』を貸してくれたことでした。正直、僕はノンフィクションのいい読者じゃないといいますか、仕事での取材が殺伐としているので、プライベートではフィクションばかり読むタイプなんです。今回の対談のために、三浦さんの書かれた過去作も改めて読んできました。 三浦 フィクションだと、どういうのを読まれるんですか。 武田 幼い頃からミステリーを読んでいました。あと、大学が英文科だったので、アメリカのポストモダンの作家ポール・オースターがとても好きです。彼の作品は、話が回収されずに終わったりするんですよね。自分の執筆は、オースターから大きな影響を受けていると思います。 三浦 『涙にも国籍はあるのでしょうか』を読まれて、どうでしたか? 武田 僕は東日本大震災の頃、西日本に住む学生でした。被災地に対して「何もできなかった」という負い目を当時持っていました。記者になってからも、横浜支局、徳島支局、そして大阪社会部と渡り歩き、東北とは残念ながらそこまで縁がなく、ちょっと後ろめたい気持ちを抱いていたんです。そういう思いを持ちながら『涙にも国籍はあるのでしょうか』を読み始めました。序章で、津波で亡くなったアメリカ人女性、テイラー・アンダーソンさんの身元確認のために来日した父・アンディーさんに成田から石巻まで同行した随行員の話があり、それが最後に伏線のように繋がっていくところなど、すごく小説的で、普段ノンフィクションをあまり読まない読者としても、引き込まれました。ちょっと小説の短編集に近い感じがありますよね。特に心に残ったのは、南三陸町で亡くなったフィリピン人女性の話です。彼女の知り合いに三浦さんが「彼女についての新聞記事に添える写真を貸してほしい」と頼んだところ、手元に女性の写真は1枚も残っていないと言われる。取材対象者の輪郭を追い求めても手から滑り落ちていく感じが、『ある行旅死亡人の物語』で、ひとりの女性の人生を追って取材した時に抱いた感覚を思い出させました 三浦 今はどんどんメディア企業の経営が厳しくなって、記者の数が減っていますよね。その中で、東京本社の厚生労働省や警察庁などの担当に配属されると、ひとりひとりに膨大な仕事が割り振られ、レクに会見取材に……とルーティンをこなすだけでみんな良くも悪くも必死になってしまう。でも武田さんは喫茶店でコーヒーを飲みながら「行旅死亡人データベース」というサイトを見て、『ある行旅死亡人の物語』の主人公となる女性について知る。今のメディアの状況からすると、なかなか稀有なテーマとの出会い方だと思います。大阪社会部だからこそでしょうか?