広島ドラ1佐々木泰「プロで早く活躍したい」 青学大で有終4冠!!誓いも新たに
◇明治神宮大会 大学の部決勝 青学大7―3創価大(2024年11月25日 神宮) 明治神宮大会の大学の部の決勝が25日に神宮球場で行われ、青学大が創価大を破って初優勝を果たした。広島からドラフト1位指名された佐々木泰内野手(21)は、左肩脱臼の影響で欠場。それでも主将としての統率力を発揮し、春秋リーグ戦、全日本大学野球選手権と合わせた大学4冠を達成した。過去に4校しか達成していない名誉を手に、広島でも黄金期到来を目指す。 一塁ベンチで戦況を見つめる佐々木は、目に涙を浮かべていた。9回2死でロッテのドラフト1位・西川史礁が代打で出場した場面でのことだ。 「最後の試合で何とか4年生が出られたことがうれしかったし、その一人が史礁だった。一緒にやってきた仲間が最後に打席に立てた喜びがありました」 自身は左肩脱臼で大学最終戦となる全国大会決勝に出場できる状態になく、故障で先発回避した代打の西川が4年生唯一の出場だった。結果は見逃し三振ながら、同期全員の思いを背負って立つ戦友の姿に目頭が熱くなった。そのまま最後まで自身の出場機会はなくとも、優勝を決めた瞬間は涙も乾き笑顔で歓喜の輪へ駆け出した。 「大学4冠を獲らないといけないという気持ちの中で、毎日を過ごしてきた。ほっとした気持ちが一番です」 高校通算41本塁打を誇る長距離砲として県岐阜商(岐阜)から青学大に進んだ。自身と同じくドラフト1位指名をかなえた西川とは、2年冬から連日2人で自主練習を行う間柄だ。互いに投手役を入れ替わりながら、遅くまでフリー打撃に励んできた。そうして高め合った日々を思うと、自然と涙がこぼれた。 大学では高校に続いて主将を務めたが、新チーム結成当初は「チームとして成り立っていなかった」と振り返る。個性派集団を結束させたいと春季リーグ前に選手間ミーティングを開き「4年生は自覚が足りないし、下級生も先輩に任せきりではいけない」と語気を強めたこともあった。4年春に打撃不振に陥っても「主将が下を向くわけにはいかない」と自身を奮い立たせてきた。その統率力が選手間の絆を深め、大学4冠につながった。 福岡大との2回戦で左肩を脱臼し、準決勝からの2試合は欠場を強いられた。「“ここで満足するな”という試練だと思っています。この悔しさを糧にし、プロの舞台で早く活躍できるようになりたいです」。青学大では主将として常勝軍団を築いたが、最後の歓喜の瞬間をグラウンド上で迎えることはできなかった。プロではグラウンドに立ち、日本一の瞬間を迎えるつもりだ。 (河合 洋介) ◇佐々木 泰(ささき・たい)2002年(平14)12月24日生まれ、岐阜県大垣市出身の21歳。県岐阜商では1年春から4番を務め、3年夏の甲子園交流試合に「3番・三塁」で出場し大会1号本塁打。青学大では1年春からリーグ戦に出場し、3年夏に日米大学野球で侍ジャパン選出。主将の4年春は全日本大学選手権でMVP。1メートル78、82キロ。右投げ右打ち。