天の川のほとりに浮かぶ夏の名残りの星座 心優しき射手の物語
秋分の日も過ぎて、すっかり季節は秋らしくなってきましたが、星空を見ると、まだ夏の星座を見つけることができます。 夏の星座は、だいぶ西の空の方へと傾き、もう間もなく沈んでしまいそうに思えます。しかし、18時頃まだ空が明るかった夏の時期と比べると、もっと早い時間から星たちと出合うことができます。今回は、そのおかげで、まだ見つけることができる夏のお誕生日の星座を紹介しましょう。
弓矢をかまえた男
明るい星は少なく、街中からでは見つけにくいですが、さそり座のとなりに特徴的な星の並びがあります。北斗七星に似た6つの星でつくられた小さな柄杓(ひしゃく)形の「南斗六星」です。北斗七星よりも目立たず、小さくて柄杓よりも小さじ用スプーンに見えます。西洋では、赤ちゃんにミルクを飲ませる小さいスプーンに似ていることから「ミルクディッパー」と呼ばれています。実は、街の灯りがなく空気が澄んだ空で見ると、ちょうど天の川のところに南斗六星があります。天の川は英語で「ミルキーウェイ」。天の川のミルクをすくっているようなイメージでしょうか。 南斗六星のあたりをさらによく見ると、ティーポットのような星の並びが見つかります。なんだかミルクを注いでいるようです。さらに周りの星たちを結んでできる星座が「いて座」。小さなスプーンやティーポットの可愛らしい星の並びは、射手の弓矢の部分だったのです。弓矢をかまえている男は、半人半馬のケンタウロス族の姿が描かれています。さそり座と合わせて見ると、今にもさそりが射られてしまいそうです。 天の川のほとりで輝く2つのお誕生日の星座たち。街中で天の川が見えなくても、この2つの星座を合わせて思い浮かべてみてください。
ケンタウロス族で唯一の賢い先生
ギリシア神話に登場するケンタウロス族は、上半身が人間で下半身が馬の姿をし、乱暴者ばかりでしたが、いて座のケイローンだけは違っていました。とても優しい性格と学んだことをすぐに吸収する飲み込みの早さから、ギリシアで有名な学者となりました。その名が広まり、多くの生徒がケイローンから学んでいきました。ふたご座のカストルは馬術、勇者ヘルクレスは天文学、へびつかい座のアスクレピオスは医学をケイローン先生から教わっていたのです。 ある日のこと、ケンタウロス族の乱暴者たちと教え子だったヘルクレスが争っていました。原因はケンタウロス族の1人がヘルクレスの妻を連れ去ったからです。怒ったヘルクレスは、九つの首を持つ大蛇・ヒドラ(うみへび座)の猛毒を塗った矢を放ちました。ケンタウロス族たちがケイローンのところに助けを求めて逃げてきたその時、ヘルクレスが放った矢がケイローンの足に刺さってしまったのです。 ケイローンは不死身だったため、死には至りませんでしたが、猛毒に苦しめられる日々となりました。あまりにもつらかったため、ケイローンは不死の身をほかの人にゆずり、長い苦しみから解放されたのでした。大神ゼウスは、数々のギリシアの若者たちを育てたケイローンの死を惜しみ、いて座として星座にしてあげたとされています。 この物語を聞くと、自分が矢で射られたにも関わらず、弓矢を持つ姿が描かれているなんて……と思われるかもしれません。でも私は、ケイローンが教え子だったヘルクレスに「気にすることはないよ」と言っているように感じます。 実は、もうひとつの説もあり、ケイローンの息子で馬人のフォロスが危険な目にあったときに、ヘルクレスが助けてくれました。ヘルクレスに恩を返したいと思い、毒虫のさそりがヘルクレスを襲うことがないように、弓矢をかまえながら、さそりの後を追い続けているとも伝わっています。どちらにせよ、相手を思いやる心優しいいて座を、ぜひ見つけてあげてください。 次回は、夏の大三角の近くに輝く小さな星座たちをご紹介します。 (葛飾区郷土と天文の博物館・湯澤真実)