漢方、蘭方、和方、医師たちの幕末維新を描いたノンフィクション―田中 聡『身の維新』永江 朗による書評
医師たちの幕末維新を描いたノンフィクション。明治維新によって漢方から西洋医学(蘭方)へと一夜にして替わった、というような単純なものではない。 幕末の医師たちには、漢方と蘭方のほか、和方(古医道)を唱える医師もいた。漢方伝来以前の日本にあった医療なのだという。つまり、身体や病についての考えかたが違ういろんな医師がいた。それぞれが患者の身に向かい合った。 興味深いのは政治にコミットする医師たちだ。たとえば古医道の復興を目指した権田直助は、討幕運動に身を投じ、維新政府でポストを得る。彼は、漢方や蘭方で治った人はその医学をもたらした国(中国や西洋)を尊ぶようになると憂い、「正しい医道によって、人心が正しく方向づけられ、国家秩序が保たれる」と考えた。もっとも、その後、和方は歴史の彼方(かなた)に消えてしまう。 やがて西洋医学が主流になり、近代的な身体観が常識になる。「医師が向かいあうべき相手は国家となり、人の身は国民の体になった。数えられ、測られる体となった」と著者は記す。現代の医師が向かい合うのは誰の身だろう。 [書き手] 永江 朗 フリーライター。 1958(昭和33)年、北海道生れ。法政大学文学部哲学科卒業。西武百貨店系洋書店勤務の後、『宝島』『別冊宝島』の編集に携わる。1993(平成5)年頃よりライター業に専念。「哲学からアダルトビデオまで」を標榜し、コラム、書評、インタビューなど幅広い分野で活躍中。著書に『そうだ、京都に住もう。』『「本が売れない」というけれど』『茶室がほしい。』『いい家は「細部」で決まる』(共著)などがある。 [書籍情報]『身の維新』 著者:田中 聡 / 出版社:亜紀書房 / 発売日:2023年11月22日 / ISBN:4750518204 毎日新聞 2024年2月17日掲載
永江 朗
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