文科省にダメ出し、残業代出ない「給特法」条件付き財務省案の見落とし 財務省案vs.文科省案、双方に問題がある理由
「財務省からダメ出し」でも合意形成を
公立学校の教員の給与について定めた給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)の見直しをめぐって業界が揺れている。財務省が、残業代を支払わない代わりに一律で支給している「教職調整額」を、働き方を改善するという条件付きで現在の「基本給の4%」から段階的に引き上げる案を提示したからだ。文科省は「基本給の13%」に引き上げる予算案を提出していた。この問題に詳しい教育研究家の妹尾昌俊氏に詳しく解説してもらった。 【資料を見る】財務省は2006年と比較して、残業時間が減っていないことを問題視している 総選挙を経て、国会情勢が慌ただしく動く中、来年度予算案の査定・編成が大詰めを迎えている。関連して、先日、財務省の財政制度等審議会で、学校の働き方や教員の処遇をめぐって、重要な財務省案が発表された。 その翌日には、文科省が反論ペーパーも出している。一部の報道では文科省vs.財務省という対立軸を強調するものがあるし、「財務省案と文科省案どっちがいい?」と投票を呼びかけているものもある。X(旧Twitter)でも、どの案がよいといった投稿も多いようだ。 確かに教員給与をめぐってはずいぶん隔たりがあるが、学校の長時間勤務の問題などで双方の認識には近い部分もあるので、両省が組んで政府としてより強力に推進していけることも多いのではないか。ただし、双方の案に問題もある、と私はみている。 ここでは、財務省案を中心に、よいところや今後活用できることを解説するとともに、財務省と文科省案の双方の問題点について提起する。 「中央教育審議会(中教審)で2年近く議論したのに、財務省は無下にしている」「乱暴な案だ」などと、感情論を述べたり、中身をよく吟味しないままで拒否反応を示したりするのではなく、よいところは認め、改善点などは建設的に議論していくのが、教職員のため、ひいては子どもたちのために大事だと思う。
財務省の案は評価、活用できるポイントも多い
財務省案と文科省案の詳細については、元の資料を確認してほしい。 ・財務省の資料はこちら ・文科省の資料はこちら まずは財務省案を少し意訳しながら、ざっくりまとめてみた。 財務省案のポイント (1) 学校の働き方改革の進捗は、遅い、ぬるい。急激に少子化している中でも教員数はそれほど減っておらず、児童生徒当たりの教員数は増加しているのにもかかわらず、2006年と比べて2022年の残業時間(時間外在校等時間)は、小中学校ともに増えている。文科省、教育委員会、学校は何をしてたんだ? (2) 教員にとってやりがいが小さく、負担感の重い事務などを抜本的に縮減するべき。教職調整額(公立学校教員には残業代は出ないが、基本給に上乗せして調整額という本給アップ措置があり現在は4%)を引き上げるのではなく、業務削減が教職の魅力アップにつながる。 (3) 文科省ならびに各地の教育委員会は「もっと人を増やしてほしい」と言うけれど、市町村費負担の学校事務職員や用務員が配置されていないところも多く(地方交付税で国が財政支援しているのに)、要望する前にもっと自分たちでやれることをやるべき。 (4) 文科省は来年度予算要求で教職調整額を13%にアップする案だが、アップしたところで残業が減る保障はないし、残業0時間の人でも調整額はもらえる一律支給であり、勤務実態に応じたメリハリがない。仮に調整額を今後引き上げるとしても、毎年1%ずつとして、働き方改革の進捗を確認したうえでとする。残業時間が減らない場合は、調整額を上げるのではなく、別の手段に予算を使ったほうがよい。 (5) 学校業務の抜本的な縮減を図る集中改革期間(例えば5年)を設けて、時間外を月20時間以内に減らしたうえで、労働基準法の原則どおり、時間外勤務手当化する。 報道やSNSでは、給与制度、残業代を出すべきかどうかなど、上記(4)や(5)の話題が中心になりがちだが、財務省案はかなり幅広い。 とりわけ、「やりがいの少ない業務を大きく減らせ」と言っているのは、私も大賛成だ。次の資料のように、イギリスでは「教員がやらなくてよい業務リスト」を国が示している。 日本の学校の場合、このリスト中では、例えば以下のものは、まだまだ教員の手から離れていない。 ・集金業務。引き落としができていない家庭への督促を学級担任や教頭、事務職員が行っているケースや、部活動の費用などでいまだ現金集金が残っている学校もある。 ・児童生徒の出席・欠席状況の把握。アプリなどで簡易に欠席連絡がとれる学校も増えてきたものの、それでも学級担任が中心となって管理している。ICTを活用していない学校ではいまだ電話連絡。保護者にとってもあまり便利とは言えない(電話がつながらないときもあるなど)。 ・大量の印刷。ペーパーレスを進めている学校もあるが、授業研究会の前に何百部も印刷したり、保護者向けのお便りの印刷が大変だったりする。 ・児童生徒のレポートの整理。レポートに限らず、図工・美術の作品なども含めて、教科担任の仕事。高校などでは、入試や就職に必要な書類(自己PRや志望動機など)を学級担任などが添削していて、生徒の進路のためならと、手が抜けない仕事に。 ・試験の運営・管理。ほぼすべての日本の学校では教員の業務。高校などでは土日の模試の監督なども教員がやっている。 ・生徒の職業体験の運営・管理。地域学校協働活動推進員(コーディネーター)を配置して調整してもらっている学校もあるが、中学校などではキャリア教育の一環での職場体験の世話が教員にとって大きな負担となっている。 ・ICT機器の管理。GIGAスクール構想で端末は整備されたが、壊れたときなどの業者との連絡調整や、4月に児童生徒が入れ替わるときの対応、ID管理などを教職員に丸投げしている教育委員会は少なくない。 ほかにもあるが、このくらいで十分だろう。イギリスのリストにはないが、日本では毎日のように掃除の時間もあるし、プールの管理も教員の仕事だ(水を出しっぱなしにして高額の水道代がかかったことなどが時々報道される)。 これまで文科省(ならびに中教審)は「必ずしも教師が担う必要がない業務」などと、やんわりした仕分けと働きかけを行ってきたが、もっと強く国が打ち出す、というのは1つのアイデアだと思う。 日本の場合、戦後、地方自治が重んじられてきたため、設置者(教育委員会)ないし学校のほうに権限がある業務が多く、文科省が強権的にはふるまってはいなかったのだが、国と自治体が協議のうえで、「学校がやらなくてよいことリスト」「教員の手から離すこと一覧」を作ってもいいと思う。