文科省にダメ出し、残業代出ない「給特法」条件付き財務省案の見落とし 財務省案vs.文科省案、双方に問題がある理由
多忙の主因は、邪魔くさい事務作業だけではない
もう1つ、財務省案では抜け落ちていること(あるいは気づいているが、軽視していること)がある。これは文科省、中教審の案でも似たり寄ったりだと思うところだが、冒頭に要約した(1)に関連することだ。 次の資料のとおり、財務省は、2006年と比較して、残業時間が減っていないことを問題視している。 確かに、いまだ長時間勤務の人が多いことは、過労死等防止の観点からも心配だし、教員人気、とりわけ女性の受験者が激減していることにも関連していると私は見ている。 だが、財務省の捉え方は、ざっくりしすぎている。教員の多忙の主要因を、事務作業などのやりがいの低い業務がまだまだ多いことと、教員ないし校長などの見直し意識が低いことにある、と捉えているのではないか。そうだとすれば、これらの前提は、事実と反する部分がある。 残業時間の総計だけでなく、多忙の内訳、要因を丁寧に見ることが大事だ。財務省資料のとおり2006年、2016年、2022年に大規模な勤務実態調査が実施されているので、ここ15年あまりを比較してみよう。また、昔すぎると感じられるとは思うが、1952年にも文部省(当時)は勤務実態調査を実施しているので、参考値として掲載しておいた。ここでは小学校教諭のみを対象とする。 この表で、以前からの比較でわかること、考えられることを5点に整理する。 第1に、ここ15年あまりで授業を中心とする教科指導の時間が増加している。1つには、いわゆる「ゆとり教育」への批判以降、学習指導要領の改訂のたびに、授業時間数が増えていること(道徳や外国語の教科も増加)が影響している。加えて、正規の教育課程外の補習や指導(調査項目では「学習指導」となっている)も増えている。 実は、1952年の調査を紹介したのは、この調査が教員定数を決める義務教育標準法ができるときの根拠資料となったためだ。当時も教員の忙しさは問題視され、「教員一人当たりの授業担当時数は1日3時間(45分授業として4時限)、1週24時限程度にとどめる必要がある」と当時の文部省は考えていた(前掲井深論文を参照)。 当時は週6日授業での話だ。今は週5日なのに、週26コマ以上(つまり1日平均5コマ以上)担当する小学校教員は4割近くもいる(2022年の教員勤務実態調査、0コマと無回答は除いて集計)。 つまり、小学校教員の多くは、義務教育標準法が制定された当初には想定されていなかったような、限られた人手で、多くの教科と授業コマ数を担当し、疲れている。加えて、昨今教員不足が深刻化しているので、欠員が生じている学校では、平均値よりももっと厳しい状況であろうことは容易に想像できる。 学習指導要領で定める以上にたくさん授業数や補習を実施しているのは、学校の問題ないし個々の教員の意識もあるが、もともと教員数が少なくて、勤務時間中に十分に授業準備できる体制にはない、というのは、意識の問題でもなければ、校長のマネジメントの問題でもない。国(文科省ならびに財務省)が十分な制度的な措置をしてこなかったせいだ。 こうした事実認識は、財務省ペーパーにも、文科省の反論資料などにも薄い。学習指導要領や教科書の内容を精選するといった話も、双方の案に出てこない。 第2に、会議や事務が大きな負担となっているわけではない。2006年と比べて2016年、2022年は会議が減り、事務は若干増えているが。1952年調査では、職員会議や雑談にもっと時間をかけていて、職員室に「ゆとり」があった。もちろん、非効率な会議をする必要はないし、必要性の低い書類や手続きを撲滅することには賛成だが。 第3に、保護者・地域対応は大きな負担とはなっていない。ただし、これは限られた調査期間中でのことであり、かつ、平均値の話である。大きな問題がひとたび生じると、多くの教員が疲弊することとなるので、今回のデータだけで判断するのは早計だ。前述のとおり、学校外で対応することも含めて、対策が必要だ。 第4に、では何が大きな負担となっているかと言えば、前述の教科指導のほかは、生徒指導と特別活動などの教科外指導である。ここ15年あまりで生徒指導・教科外指導は減少トレンドであるとはいえ、1日に占める時間は長い。給食、掃除、昼休みの見守り(調査項目としては生徒指導(集団)となっている)などで約1時間かかるだろうから、当然と言われればそうなのだが。これまでの働き方改革の中では、こうした生徒指導関連にはほとんどメスが入っていなかった。 給食や休み時間の世話をしてくれるランチスタッフが配置されれば、小中学校等の働き方はずいぶん変わってくるだろう。 これら2点目~4点目は、関連する先行研究とも整合的だ。神林寿幸さんの研究(『公立小・中学校教員の業務負担』、大学教育出版、2017年)では、1950~1960年代ならびに2010年前後(2006年~2012年)に実施した勤務時間調査を分析している。これによると、事務処理に費やす時間や保護者等の対応時間は増加していないが、生活指導・生徒指導(給食などを含む)や課外活動(部活動等)に費やす時間が増えている。 第5に、授業準備と研修が細っている。ここ15年あまりで教科数や授業コマ数が増えているにもかかわらず、それほど授業準備時間が増えていないのは、授業準備が薄くなっている可能性を示唆する。授業準備が自宅への持ち帰り仕事や土日の業務になっている教員も多いことだろう。 研修について、TALIS2018(OECD国際教員指導環境調査)でも、諸外国と比べて日本の教員は少ないことがわかっているが、ここ15年あまりでも減少トレンドである。1952年調査では表の一番下のほう、「個人的研究」が1時間近くあった。具体的な内容は不明だが、おそらく教員には自己研鑽や探究的な時間があったということだろう。こうした豊かな時間が「高度専門職」としては重要だ。 例えば、最近の症例や判例を知らない、不勉強な医師や弁護士のお世話になりたいとは思わないだろう。教員にも、勤務時間中に学べる時間が必要だが、2000年代以降、おそらくほとんどの教員にとって、こうした「ゆとり」はなくなっている。もちろん、この問題は教員人気を考えるうえでもマイナスだ。 長くなったが、多忙の内訳を見て、以上5点に対応する国・自治体の政策ならびに学校等での取り組みを打ち出す必要がある。今回の財務省の案には問題もあるが、重要な提起をたくさんしてくれている。チャンスともとりたい。これほど深刻化している学校の窮状の背景には、何かひとつやふたつの要因だけがあるのではない。国、教育委員会、学校、保護者・社会ができることは、まだまだある。 ※拙稿「教員人気を上げるには?大学生の調査に見る『最も現実的な方法』は何か」。また、文科省委託の大学生向け調査(2022年2月、3月に教職課程を置く大学等に所属する4年生向けに実施)によると、「中学校の先生の仕事はどんな仕事だと思いますか」について、「とても当てはまる」「まあ当てはまる」の割合は、「世の中のためになる仕事」「子供のためになる仕事」では多いが、「給料が高い仕事」では約3割にとどまる。「人気がある仕事」とも約75%の大学生は感じていない。浜銀総合研究所「教職の魅力向上に関する取組の推進 (教職課程を置く大学等に所属する学生の教職への志望動向に関する調査)成果報告書」(令和4年3月) (注記のない写真:キャプテンフック / PIXTA、route134 / PIXTA)
執筆:教育研究家 妹尾昌俊・東洋経済education × ICT編集部