ひとりの人を応援したい。読書の時間が約束された店「fuzkue」、10年間の静かな奮闘を店主が語る
なぜフヅクエが生まれたか。「ひとり」の人を応援したいという気持ち
フヅクエはなぜ生まれたのか。それを知るために、阿久津さんの物語を辿りたい。 1985年に栃木県で生まれ、埼玉県の大宮市(現さいたま市)で育った。読書体験のはじまりは、両親の読み聞かせからだった。例えば? と聞くと、「『ズッコケ3人組』、とかね」。小学生時代には図書クラブに入るなど、気づけば本を読むことは日常的な、当たり前の習慣としてそこにあった。高校生時代には、一学期かけて村上春樹の『風の歌を聴け』を読むという授業があり、村上春樹が好きになったというエピソードも。 そして、都内の大学へ進学。大学生になってからは、自ら小説を書くようになった。 「頭ん中が静かになる感じがあるのかな。読むにしても書くにしても――」と阿久津さんは語る。 「本を開いて、目が文字を追い始めた瞬間に何か、そこに別の時間、空間が生まれる、それは面白いことだなって。突然別の世界が生まれる。音楽や映像とは、また全然違う体験ですよね」 大学時代、就職を考える時期には、小説家になりたいという思いがあった。ゼミの教授に相談をすると、「小説のネタにもなる」と一度は就職してみることを勧められたので、「とりあえず」のつもりで、生命保険会社に就職。そして、縁もゆかりもなかった岡山支社に配属された。自社の商品についぞ興味を持つことができなかった会社員生活は、面白くなかった。 2011年3月。耐えきれなくなり、とうとう出社拒否。人事と今後を話し合う面談が3月12日に予定されていたが、3月11日に東日本大震災が発生、その予定は中止になった。震災を目の当たりにした阿久津さんは自分の人生を見つめ直し、退職届を出すに至った。 そして、当時のパートナーからの誘いを端緒に、岡山市内の川のほとりにカフェをオープン。古民家を改装したカフェで、客席はいくつかの空間にわけられていた。そのなかの1つの空間は「本の部屋」と呼ばれ、阿久津さんやパートナー、そして友人・知人からもらった蔵書が壁面にずらりと並び、ぐるりと窓に囲まれた空間だった。フヅクエ初台の間取りと、よく似た構造だ。 阿久津さんは、こう振り返る。「この物件(フヅクエ初台)も、横長の部屋で窓が大きくてっていうのは『本の部屋』と似ていますよね。確かにあそこで見えていた景色というか――あの席で、1人で本を読んでいる人の後ろ姿は、静かでいい景色だな、という思いがありましたね。だから、あの光景を見たいっていうのは、いま思えばあったかもしれない」 「ひとり」で奮闘している人を応援したい――。ふつふつと、阿久津さんに芽生えた感情だった。さまざまな要因も重なり、2014年、阿久津さんは岡山を離れ、ひとりで店を出す決断をする。