ひとりの人を応援したい。読書の時間が約束された店「fuzkue」、10年間の静かな奮闘を店主が語る
「本の読める店 fuzkue(フヅクエ)」。読書のための時間が約束されたこの店は10年前、東京・新宿にほど近い初台の店舗からスタートした。 【画像】店内の模様 読書のための時間が約束されている……それはどういう状況だろう? フヅクエでは、「穏やかな静けさ」と「心置きなく思う存分に過ごせる」という2つの要素から、その空間を担保している。 今日はじっくり本が読みたい。それも、とびきり特別で、祝福された時間にしたい。でも、家では集中できない。カフェやバーでも、ずっと居座っていたら申し訳なくなっちゃって、やっぱり集中できない――。店主の阿久津隆さんは、多くの人が経験したであろうそんな体験を経て、いまのフヅクエをつくり上げた。 開店から10年という節目に、フヅクエの軌跡と物語、「幸せな読書の時間の総量を増やす」という目的についてなどなど、阿久津さんにゆっくりと語ってもらった。
すべては、あなたの読書の時間を豊かにするために
「本日はフヅクエにお越しいただきありがとうございます。 約束された静けさのなかで思う存分に本を読む時間が、明日への活力というか、よりよく生きるぞみたいなモードであったり、生き続けていくための希望の根拠のようなものになったらそれ最高だな、そんな場所であれたら最高だな、と、そんな気持ちでやっています。」 - 本の読める店フヅクエ 阿久津隆 同店『案内書きとメニュー』冒頭より引用 新宿から一駅という都心にありながら、どこか落ち着いた雰囲気のあるまち、初台。駅から少し歩くと、とあるビルのふもとにフヅクエの看板がある。2階へ上がり扉を開くと、ガラス窓に囲まれ、自然光、もしくはオレンジ色の照明が優しく包む空間に歓迎される。静けさのなか、阿久津さんやスタッフさんがことことと作業をする音がむしろ心地よく響く。 メニューはひとつの冊子になっていて、そして例えば上記の引用のように、飲食のメニューだけではなく、フヅクエの考え方も収録されている。それは「本の読める店」を「本の読める店」たらしめるために、書かれていることなのだという。エッセイのような口調で語られるそれには、「規則」の言葉が含む圧や押し付けがましさはなく、ひとつの読み物のよう。 例えば、「ペンの取り扱いについて」という項目。 「「まずそれなんだ?」という感じの項目ですが、意外に無視できないもので、耳に障る音を発生させやすい物体です。当人は音が鳴るタイミングを知っているので驚かないですが、すぐ近くで不意に生じる音は、耳と意識にけっこうなびっくりを与えてきます。……」 たしかに。本を読みたくて入ったカフェで、隣の人が延々とペンをカチカチさせていて、結構な頻度で意識が途切れた経験は私にもある。しかし、この項目は「ペンを使ってはいけない」というわけではなく、あくまで、「ほかのお客さんの意識も読書に集中させてあげるような空間にしましょう」というお願いごとだ。 ほかにも、なるほどたしかに読書の時間にとってはノイズかもしれない、という発見もフヅクエのお願いごとからは見出せる。加えて、「スマホのお預かりできます」「アラーム係にも」など、フヅクエが来店者の読書に協力できることについても書かれている。 「いまここ(フヅクエ)に同時にいる人たちは、相互に快適であれるように、自分にできることがあるならば協力したい……みたいな、何かそういうメンタリティがそれぞれにあるような気がしていて。空間をお客さんみんなでつくってる感じがしますね」 すべては、「あなたの読書の時間がよりいっそう豊かなものになりますように、の言い換えの気がしています」とも、阿久津さんは綴っている。 「ひとりの人を応援したい」という気持ちから始まったフヅクエ。10年前の開店当時から、ルールをはじめ、さまざまな変化を経て、いまのフヅクエがある。