安楽死の「必要性を感じない」 緩和医療の最前線にいる医師が伝えたい「在宅医療の普及」
現場で大事にしているのは「数値に表れない部分を医療に反映させる」こと
出生数の低下が止まらぬ一方、年間死亡数が増え続けている。厚労省が2023年に発表したデータでは159万人超でこれは過去最多となっている。多死社会となっているなか、終活といったように人生の最後について考える者も増えている。ENCOUNTでは人の最期について一緒に考える医療でもある在宅緩和ケアを取材。埼玉県・西部地域を中心にサービスを展開している医療法人あんず会の理事長で杏クリニックの院長・鬼澤信之氏に同行し、「患者からの感謝」や「安楽死」について話を聞いた。後編。(取材・文=島田将斗) 【写真】「大事になってくるのは会話」 鬼澤氏が患者と会話をする実際の光景 往診2件目には重度の肥満で病院に行けない患者。自宅の一人用ソファーが定位置でそこから手の届く範囲にモノが置いてある。鬼澤氏は当初管理栄養士をつけて食事改善をする方向で話を進めていたが、話を進めていくうちに肥満は食事量の問題だけではないという仮説が立ち「今じゃないな」と食事改善の計画はなしになった。これこそがこの仕事の面白い部分だという。 「僕のポリシーはその人の生活状況に応じてやる医療は選択していいと思ってる。高齢者なら特にそうです。ガイドライン通りHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)値が高いから糖尿病として薬をあげることもできる。でもそれだったらコンピューターでもできる仕事ですよね。そこにアート的な要素を入れるのは人間しかできなくて、患者さんの人生、価値観をくみ取るとか数字に表れない部分を医療に反映させる。機械に変えられにくい分野だと思います」 緩和ケアの仕事は当たり前だが「ありがとう」を言われるタイミングが多い。同行取材でも何度も耳にした。死とも対峙(たいじ)するなか、それは「唯一の救い」という。ただ「ありがとう」は原動力とは限らない。 「コロナ禍でエッセンシャルワーカーはみんな休んでいる間も仕事をしていた。『医療従事者にありがとう』、これはありがたいことではあるんですけども、それだけで頑張るわけではないですよね。非常事態でもやれる仕事があるという喜び、プライドの方が僕は大事だと思う。『ありがとう』はうれしいことだし、ひとつのエネルギーだしいらないなんて言えないけど僕らは『ありがとう』のために仕事をしていない気がしますね」 緩和ケアの分野は他よりも感謝されやすい。 「いろんな医療があるなかで緩和医療って患者さんに100%寄り添う“良い医療”なんですよね。例えば抗がん剤治療をやっているドクターがいたとして、手術をしてほしいって言う末期がんの患者さんがいても『手術では取りきれません』って断ったりしないといけないときがあるんです。それは医学的適応があるから。望んでいても治療をしなかったりする厳しさも必要なんです。でも緩和医療って100%その人の希望を受け入れてあげればいいから、患者さんは『医療者なのに私たちのことを分かってくれた』って気持ちになりやすい」 一方で「ありがとう」で片付けられない問題もある。鬼澤氏らはケアラー支援もひとつの使命だと熱を込めた。 「社会的な課題でケアをする人が、人の痛みを分かち合うために心を病んでしまうケースもあります。そもそも家族のケアに追われて、社会から隔離されることもある。例えば介護が大変すぎて学校に行けないヤングケアラーがいたり仕事を続けられない人がいます。そのケアラー支援を第二の支援としてやっています」