『光る君へ』の明子のモデルは六条御息所?葵の上への恨みで生霊になった御息所。聖地「野宮」で執着を祓い清め人生をリセットか
◆明子の役柄は六条御息所をヒントに ただし、道長のもう1人の妻、瀧内公美さん演じる源明子には、六条御息所を思わせるところがありました。 実は、瀧内さんが、最初に制作スタッフから渡された役柄説明には「『源氏物語』の六条御息所のようなキャラクター」と書いてあったとか。そこで、それをヒントに演じ方を考えたのだそうです。 言われてみればなるほどで、凛とした明子が、義理の父である兼家(段田安則)を呪詛するシーンには鬼気迫るものがありました。 とはいえ、本人も気がつかないうちに葵の上を呪い殺してしまった六条御息所に対して、明子は自分の意志で呪詛しています。一族の仇である兼家が亡くなると、まさに、つきものが落ちたように穏やかになるなど、六条御息所とは違う点もあるように感じます。 「殿にもいつか、明子なしには生きられぬと言わせてみせます」と迫るなど、道長への執着はちょっと怖いほどなので、今後、まひろに激しく嫉妬して、生霊となる展開が待っているのかもしれませんが……。 六条御息所と聞いて、私の脳内にまず浮かぶのは、大和和紀さんの名作漫画『あさきゆめみし』に描かれたキャラクターです。あのビジュアルが「自分にとっての六条御息所のイメージだ」と感じている人は多いのでは?『あさきゆめみし』は、現代版「源氏物語絵巻」といえると思います。
◆下鴨神社で能「葵上」を観る また、『源氏物語』は能をはじめとする舞台芸術の題材にもなっています。 そのなかのひとつ、能「葵上」の主役は六条御息所、その人です。この演目において、六条御息所は「鬼」として表現されます。また、タイトルになっている葵の上は登場せず、舞台正面手前に置かれた1枚の小袖が、病床の葵の上を表すという演出も印象的です。 簡単にあらすじを紹介しましょう。 物の怪に苦しめられ、病床に伏している葵の上。巫女が霊を呼ぶと、姿を現したのは六条御息所の生霊でした。御息所の生霊は、源氏の足が遠のいていることや、「車争い」で正妻に敗れた恨みや屈辱を訴えます。葵の上を冥土に連れ去ろうとする御息所。そこで強い法力を持つ小聖(こひじり)が駆けつけ、祈祷を始めたところ、生霊は鬼女となり小聖にも襲いかかる……。 京都では、5月下旬、下鴨神社の境内にある舞殿で開催された「糺能(ただすのう)」で、この「葵上」が上演されました。 古来より禊(みそ)ぎの地と知られる下鴨神社の「糺(ただす)の森」では、約560年前、将軍・足利義政をはじめとする大名の前で「糺河原勧進猿楽」が盛大に行われたそうです。それを再興したのが「糺能」なのです。 「車争い」の舞台となった賀茂祭は、下鴨神社の例祭。『光る君へ』効果で『源氏物語』への関心が高まるなか、世界遺産でもある下鴨神社の境内で、ゆかりの演目「葵上」を鑑賞する――こんな機会は滅多にないとチケットを買いました。日常のなかでこうした体験ができるのも、京都暮らしの醍醐味でしょう。 瑞々しい新緑に囲まれた境内。空がゆっくりと暮れゆく頃、かがり火に火が入ります。 「ああ、恨めしい。私の恨みは決して尽きることはありません」そんな呪いの言葉を吐きながら、六条御息所の生霊は葵の上を苦しめます。小聖と闘う後半では、角が生えた般若の能面に変わり、誇り高き御息所がまさに鬼女と化して舞うのです。 薪の燃えるパチパチという音に、妖しくゆらめく炎。すべてが能という幽玄の美を演出しているように思われました。