あなたの信じた「物語」って何ですか? 陰謀論に陥ったことのある人たちに聞いてみた 「社会への違和感」「よく分からない正義感」
「『真実を知った』として優位に立ち、社会からの疎外感を解消してくれる一発逆転の最強ロジック」。男性は、陰謀論をそう言い表した。 2021年末、2年ぶりに母親と会った。ラインではぎこちないやりとりが続いていたが、顔を合わせると「家族の空気感」に包まれ、心地よかった。 食事をしながら互いの近況を伝え合ったが、母親は声のトーンを突然下げ、米国の著名な経営者が処刑されたと言い出した。その瞬間、幸せな気持ちは打ち砕かれ、涙があふれた。母親は、それでも陰謀論を語り続けていた。 それから母親とは会っていない。男性の経験が原作となり、2023年2月に「母親を陰謀論で失った」との漫画が出版された。「母は、こちらの世界に戻ってこないだろう」。男性はそう言い切る。でも「この本を読んでほしい」とも、心の中で思う。母親への思いは、もつれたままでいる。 ▽仲間に笑われ、われに返る 「俺陰謀論を信じかけてたんだよ」
俳優の高知東生は2021年1月、自身のツイッター(現X)にこう書き込んだ。当時、交流サイト(SNS)を使い始め、前年の米大統領選でトランプ氏が敗北したのは「選挙に不正があったからだ」と主張する動画を目にし、衝撃を受けて「どっぷりとはまっていった」ことを、赤裸々に告白した。 2016年6月、高知は覚醒剤取締法と大麻取締法違反(所持)の疑いで逮捕され、執行猶予付きの有罪判決を受けた。家庭も仕事も失う中、薬物依存経験者の自助グループに参加した。動画に触れたのは「生き直そう」ともがいている時期だった。 関連の動画を検索すると、次々と「不正選挙」に関する動画が表示される。気がつけば「トランプ氏のニュースばかりを見ていた」。芸能界で培われた「物事には必ず裏がある」との価値観は、裏で支配している勢力がいるとの陰謀論と相性が良かった。 「隠された事実を知らせなくてはならない」。そうした使命感と正義感に燃えていた高知は、自助グループの仲間の前で自説を披露した。「俺は気付いたんだよ」。高知が話し出すと、仲間たちが一斉に笑った。