芥川賞・朝比奈秋さん 小説病に憑りつかれ、勤務医を辞め無職に。「作家にはならせてくれよ」 小説家になりたい人が、芥川賞作家になった人に聞いてみた。(特別版)
芥川賞は「はよ済ましたい」
『サンショウウオの四十九日』が朝比奈さんにとって初めての芥川賞ノミネートということに驚きました。『植物少女』で三島由紀夫賞、『あなたの燃える左手で』で泉鏡花文学賞、野間文芸新人賞を受賞し、デビュー以来、高く評価されています。 「自分は『塩の道』で林芙美子賞をもらって、単行本(『私の盲端』)になって、出版社がそれ以降も作品を単行本化してくれて、それで満足してたんです。でも、編集部はソワソワするわけです。3~4作前から毎回、これは芥川賞候補になる可能性が高いです、と。それ用の帯まで作ってもらって、どっちの帯がいいですか、と。でもノミネートならずで、僕はようわかってへんから、そんなもんなんやな、と淡々と受け止めるけど、周りの落ち込みようがすごくて。作品を出すたびに、『もうこれ今期の有力作です!』とか編集部も新聞文化部の記者さんも期待してくれるんです。しかし候補にならなかった。あまりにもがっかりされるんで、『力及ばずで申し訳ない』という気持ちに僕もなってくる。そこらあたりから、早いこと候補になって早いこと受賞してしまいたい、って思うようになりました」 『サンショウウオの四十九日』がノミネートされたときはどう思いましたか。 「ようやく候補になったかと思いました(笑)。あまりにも毎回『これは候補になるはずです』と言われてきたので」 なぜ芥川賞を受賞できたと思いますか。これまでの作品との違いは? 「多少経験を積んで小説として良くなっている部分はあるのかもしれませんが、毎回毎回もうこれ以上無理や、ってくらいまで追い詰めて書いているので、明らかな差異は自分ではわかりません。運やタイミングに恵まれただけでしょう。新人賞であれ、芥川賞であれ、受賞するには実力だけでなく、めぐりあわせが必要です」 何度も改稿したと聞きましたが。 「それもいつものことなんです。『サンショウウオ~』は5、6年前に一度書き上げていて、でも完成したと思えなかった。その時は応募もせず、ひたすらパソコンのメモリの中で眠らせていたんです。それを一昨年、ちょっと思うことがあって書き直して新潮社へ持っていった。編集との打ち合わせでまた気づきがあって書き直して、それを繰り返してようやくたどり着きました」 完成した時はどこでわかるんですか。 「すべての小説にさらなる良くなる余地が必ずあるので、真の完成はどこまでいってもないのかもしれません。ただ、精も根も尽き果てて、これ以上はほんまに無理や、もう一回原稿を見直す体力すらない、というほど、その時の自分なりに書ききる。そして、それを区切りにして次の小説に進みます。じつは、『サンショウウオ~』には今、1行だけ追加したい文章があるんです。もし、次直すチャンスがあれば入れますが、たとえ入れられなくても後悔はない。毎回、それくらい燃え尽きています」 小説家になりたい人へアドバイスを。 「僕から言えば、小説の1行目を実際書き始めて、最後まで書き終えられるだけでまず向いています。すでにもう小説家です。ただ、難しいのは、1万人のサラリーマンがいたとして、順位をつけたとします。最下位のサラリーマンにも仕事はあるんですよ。でも、芸術は1位にしか仕事が来ない。僕は、全ての作家が実力だけじゃなく、運と縁を得てデビューしていると思っています。そればかりはもうどうしようもない。だから言えることは、書き続けてください、ということだけ。ただ、40年、50年続けてプロになれなかったとしても、その時点で、人間としての厚み、深み、凄みは必ず出てきます。それは作家になるより、よっぽど立派なことだと思います」