東大首席卒業でも「天才」と思ったことはない…山口真由「私が1日19時間以上も勉強し続けた理由」
■簡単な試験だけ落ちる「変人」の烙印 合格率が低い試験のほうが、世の中には多いのです。司法試験の論文試験はその典型といえるでしょう。 それに対して、不合格率が低い試験、つまりほとんどの人が素通りできるものもあります。私がこれまで受けたなかでは、司法試験の口述試験と弁護士になる直前の二回試験が当てはまるでしょうか。 「不合格率」の低い試験に落ちる人は、変人とか残念な人というイメージが、人生につきまとうもの。それまで、医学部の入学試験や司法試験といった狭き門をくぐり抜けてきて、最後の最後にまさかのつまずきで、医師にも弁護士にもなれないなんて……(ただし、1年後にもう一度同じ試験を受けて、合格して医師や弁護士になる場合が多いのですが)。 話が横道にそれましたが、要するに司法試験の口述試験前の私は、自分にそんな烙印が押されることを直感したのです。 ■19時間以上勉強し、自由時間は10分だけ 当時の私はその切迫した恐怖感から逃れるために、持てるすべての時間を勉強に費やしました。一日19時間30分の勉強。3時間の睡眠。そして20分ずつの朝昼晩の三度の食事。そして20分の入浴。 これで計23時間50分。そして、残りの10分、私は毎日親愛なる母に電話して、正気を保つように努めました。 机の下に氷水を張った洗面器を置き、そこに足を浸け、冷える体に耐えながら眠気を防ぎました。そして、こうした勉強を続けていたある日、母と電話していたときのことです。 ♪蛍の光、窓の雪 どこからともなく「蛍の光」が聞こえてきました。そこで母にこう尋ねました。 「ねえ、聞こえる? 誰が歌っているのかしら? 『蛍の光』をこんな時間に……」 しかし、少し間を置いて、母は、ゆっくりと答えたのです。 「私には聞こえないわよ」
■面接前も口ずさんでいた「蛍の光」 私の耳にはずっと聞こえてくる「蛍の光」。しかし、冒頭の「蛍の光、窓の雪」の2フレーズだけが、ずっとリフレインする。これは何かおかしい。それで、「あぁ、これは幻聴なんだ」と気付いたのです。 しかし、その幻聴は消えることがありませんでした。いつも、どこからともなく、「蛍の光」が聞こえてくるのです。 それから口述試験が終わるまで、勉強をするときは、ずっと頭のなかをこの2フレーズが繰り返し流れていました。口述試験の面接室に入る前の「発射台」と呼ばれる狭い待合室で、私はずっと小さな声でこの2フレーズをついハミングし続けてしまうほどでした。 まわりから見たら、私の姿は「変人」に映ったに違いありません。 ■天才ではないから、努力に人生をささげた 冒頭の話に戻ります。 「よく頑張るよね」 そういって努力する人を嘲笑する人たちは、往々にして、幼い頃に非常によくできた人たちです。スポーツも勉強も、大した努力をしなくても……。だから、大人になっても、自分が「本当の天才」に生まれてこなかったことを認められないのです。 私がここで言いたいことは、「天才」への憧れを捨てて、「努力すること」の価値を認めるべきだということです。 「天才」は滅多にいません。私は、人生の早い段階で、どうやら自分は「天才」には生まれてこなかったと認めざるを得ませんでした。でも、だからこそ、「天才」への憧れを潔く諦めて、残りの人生を「努力」にささげることができたのです。 目指すべきは「努力」型の人間です。脇目もふらずに、少しずつだが確実に前へと進む。天才ではない人が、社会で成功をつかむには、努力をするしかないのです。 ---------- 山口 真由(やまぐち・まゆ) 信州大学特任教授/ニューヨーク州弁護士 1983年生まれ。北海道出身。東京大学を「法学部における成績優秀者」として総長賞を受け卒業。卒業後は財務省に入省し主税局に配属。2008年に財務省を退官し、その後、15年まで弁護士として主に企業法務を担当する。同年、ハーバード・ロー・スクール(LL.M.)に留学し、16年に修了。17年6月、ニューヨーク州弁護士登録。帰国後は東京大学大学院法学政治学研究科博士課程に進み、日米の「家族法」を研究。20年、博士課程修了。同年、信州大学特任准教授に就任。21年より現職。著書に『「ふつうの家族」にさようなら』(KADOKAWA)などがある。 ----------
信州大学特任教授/ニューヨーク州弁護士 山口 真由