熊本ではお屠蘇でおなじみの赤酒が… 人気ラーメン店のスープの「たれ」や唐揚げの調味料に 素材のうまみ、コク引き立てる 戦時中は製造途絶え、戦後は料亭から発信 <東京赤酒ストーリー>
熊本では正月のお屠蘇[とそ]でおなじみの赤酒が意外にも東京で、有名ラーメン店のスープの「たれ」や大手スーパーの総菜の調味料に使われている。古くから熊本県民に親しまれる「庶民の酒」だが、うまみやコクを引き立てる東京グルメの味の決め手になっている。 東京都品川区の東急池上線荏原中延[えばらなかのぶ]駅前にある「中華そば多賀野[たかの]」。名店を紹介するミシュランガイドにも載った、東京を代表するラーメン店の一つだ。 師走の午後2時過ぎ、閉店間際にもかかわらず整理券を手にした客が10人近く列を作り、煮干しだしの香りが漂う。1時間待ったという神奈川県の男性会社員(62)は「今日で2度目だが、コクのあるスープがとにかくうまい」と満足げ。そんな人気店の味を支えるのが熊本の赤酒だ。 ◆みりんの代わりに 店を営む高野正弘さん(69)、多賀子さん(68)夫婦は、1996年の開業時から赤酒を使う。きっかけは、多賀子さんが当時勤めていた生協で扱っていた赤酒を、熊本出身の同僚に薦められたことだ。「みりんの代わりに使うと、煮物にコクが出ておいしくできる」。家庭で使い、店でも常に用いるようになった。
店では、しょうゆ味のスープで定番人気の中華そばや、ごまとナッツのうまみを魚介スープと合わせたオリジナルの「ごまの辛いそば」など、あらゆるスープのベースになるたれに使う。かつお節やさば節、昆布などの魚介類に赤酒を注いで6時間静かに煮込み、素材のうまみをじっくりと抽出する。正弘さんは「日本酒や高級みりんも試したが、うまみのバランスが良く、味に深みを出せるのは赤酒。価格的にも使い勝手が良い」と太鼓判を押す。 ◆銀座や赤坂の料亭から全国へ 2016年の熊本地震で製造元が被災し、赤酒の出荷が止まった約2カ月間は別の調味料で代用した。すると常連客から「味が変わった」と指摘されたという。「30年近く継いできた多賀野の味に、熊本の赤酒は欠かせない」と多賀子さん。多賀野で修業し、埼玉県や千葉県で独立した弟子たちの店でも、赤酒を入れたたれの味が引き継がれている。 赤酒の生産で全国トップの瑞鷹[ずいよう](熊本市南区)によると、熊本県内では需要の8割がお屠蘇を中心とした飲用だ。一方、東京など東日本向けはほとんどを料理用として出荷している。