『燕は戻ってこない』原作者とプロデューサーが語る「女であることで受ける理不尽」と「ラベリングされる不自由さ」
板垣 桐野さんは、なぜこのタイミングで榎さんをモデルに小説を書こうと思ったんですか。 桐野 彼女が訴えていた中絶の自由化もピルの解禁も正しいことだったのに、あんなふうに揶揄され、世間から葬り去られ、気の毒でした。その気持ちがずっとどこかにあったんだと思います。 板垣さんの復讐心じゃないけれど、私のモチベーションとして復権させてあげたい気持ちがありました。 でも、彼女はやり方を誤ったかもしれない。政党をつくり、女性党員たちを参議院選挙に出馬させるも惨敗。「専業主婦になる」と言って引退し、消息が掴めなくなってしまったんです。 板垣 それから半世紀近く経っている。実際に取材できた関係者はどういう方だったんでしょう。 桐野 ひとりは、高校時代からの恋人であり、学生結婚した元夫です。船医をしていた人で、逡巡なく取材に応じてくださいました。面白い方でしたよ。 ほかに好きな方ができて離婚に至ったわけですが、そのことについても「僕が有責ですから。結局普通の男だった、ということでしょうね」と話しておられました。 あとは榎さんの幼馴染の方。それからとても大きな情報だったのは、『婦人公論』の連載を読んだ読者が連絡をくださったことです。 板垣 連載中に、ですか。 桐野 そう。お話をうかがったら、中ピ連を結成する前の榎さんを知る方で、しかも2000年に入ってからも榎さんに会っている。結果的にその方の知る榎さんの姿が最新のものになったんですよ。直筆のメモも見せてもらいました。 板垣 それがそのまま小説になっている。雑誌ならではの出来事ですね。ほかの登場人物は桐野さんが産みだしたものだと思うと、また面白いです。 桐野 小説ですからね。それに榎さんのことで苦労された親族もいらっしゃるでしょうから、誰もが積極的に語れるわけではないのは仕方ないことです。 板垣 彼女の足取りが掴めなくなったのはなぜか。ここでネタバレはしませんが(笑)、桐野さんの解釈は興味深いです。 桐野 姿を消すしかない状態に追い込まれた、というのは私の推測です。でも、きっとそうだと思う。男たちを罰した彼女を、男たちはそのままにはしなかった。彼女は男たちに復讐され、世間から消えざるをえなかった。 板垣 後半はミステリーのようでした。 桐野 私自身、謎を追って旅するような気分で書いていたので、それが自ずと小説に表れたような気がしますね。 (構成=篠藤ゆり、撮影=洞澤佐智子)
桐野夏生,板垣麻衣子