人気女優と結婚、伝説の組長と交流も…“昭和プロレスの語り部”マイティ井上が急逝 生前語った「国際プロは猪木の踏み台」「燃える闘魂はパクリ」の真意
引退後はレフェリー転身…三沢光晴のノアに参画
1998年、全日本プロレスのリングで現役を引退した井上さんはその後、レフェリーに転向。そして2000年、三沢光晴が旗揚げしたノアに参画する。 面倒見の良い性格の井上さんは若手選手たちからも慕われ、現場の要望を経営陣に直言する役どころも果たしていた。だが2008年、経営難が表面化していたノアから「1年後の契約解除」を通告される。 そのとき、同じくリストラ通告された選手の1人が、中堅選手の泉田純(2017年に死去)だった。泉田は先輩の井上さんを頼り、やがてある事件に巻き込まれた際には、タッグを組んで「共闘」したこともあった。 その「ある事件」とは、三沢光晴亡き後のノアを揺るがせた「大型詐欺事件」スキャンダルである。 <次回へつづく>
(「格闘技PRESS」欠端大林 = 文)
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