ハーブ研究家・ベニシアさんが愛した京都・大原の庭を訪ねて。築100年を超える古民家を自分たちで改装。7つの庭を1つずつ完成させて
山里の古民家で美しい花々やハーブを育て、手作り暮らしを楽しんでいたベニシア・スタンリー・スミスさんが、2023年6月に死去しました。梶山正さんは妻の介護をとおし、学んだことがあったと話します(取材・文:野田敦子 写真提供:梶山正) 【写真】桜、びわ、梅などが涼しい木陰を作る「フォレスト・ガーデン」 * * * * * * * ◆「私が死ぬ家を見つけた! 」 比叡山の山裾に広がる京都・大原。ベニシアさんと梶山正さんの家は、里山の自然にしっとりと溶け込むように立っていた。窓を開け放った気持ちのいい和室へと迎え入れてくれた梶山さんの向こうには、テレビで見覚えのある風情豊かな違い棚と床の間。 今、それらの空間を埋め尽くしているのは、梶山さんが撮影した大小さまざまなベニシアさんの写真だ。どこからか、あの落ち着いた声が聞こえてきそうな気配が部屋全体を満たしている。 「息子の悠仁(ゆうじん)はベニシアが亡くなる前、よく枕元で『ママ、アイラブユー』と言ってました。僕は、そういうのが苦手で(笑)。『おはよう』『何か飲みたい?』なんて普通の会話ばかり。今になって毎日、写真に向かって伝えていますよ。やっぱり生きているときに言わんとあかんね」 ベニシアさんは、昨年の夏至の朝、静かに息を引き取った。初めてこの家に足を踏み入れてから27年。「ついに私が死ぬ家を見つけた!」と宣言した自分との約束を守るかのようだった。
「当時、100軒ぐらいは見てまわったかな。僕は早く決めたかったけど、ベニシアは妥協しなかった。彼女は40代になっていたし、一生の住まいを見つけたいと考えていたんでしょうね。今思えば、ベニシアがこだわってくれて本当によかった。ここでいろんな仕事をし、思い出が作れましたから」。 頭金ゼロ、全額住宅ローンで手に入れた築100年を超える古民家は、傷みが気になった。 「お金がなかったから、ほとんど自分たちで改装しました。屋根や床もボロボロだったし、庭もね、雨が降ると水浸しになるから排水用パイプを何本も埋めて。いやあ、全部が面白かったですね」。 梶山さんが庭の基礎土木工事を終えると、ベニシアさんは待ってましたとばかりに「これから私は、ハーブとガーデニングを趣味にします」と宣言し、庭造りを開始。家をぐるりと囲む約40坪の庭をテーマごとに7つの区画に分け、1年ごとに1つずつ完成させていった。 「狭いんだから、細かく分けなくていいのにね(笑)。でも、ああやって楽しんでいたんだろうな。今、僕がするのは草取り程度。雑草だと思って抜こうとすると、ベニシアが植えたハーブだったりするの」。 縁側の先に広がる庭はかつての趣を残しつつも、そこかしこに主のいない寂しさを漂わせている。
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