AI時代の相続はどうなる? 可能性と限界、専門家の未来を考察
4. 税理士はAIの進化や活用に前向き
実際にChatGPTで相続税申告書を作ってみて、やはりAIだけで相続手続きを済ませることは現実的ではないと思いました。今後も、税金については税理士、登記手続きは司法書士といったように、引き続きプロの力を頼るのが基本となるでしょう。 私はこれまで、数々の税理士の方を取材してきました。そこで感じるのは、AIに対して前向きな反応がほとんどということです。 そもそも、昨今生成AIが話題になる以前から、ソフトウェアを用いた業務の自動化に取り組む会計事務所は少なからずありました。税理士受験生の減少が続き、人材不足が起きている中で、「機械に任せられる業務は、機械に任せる」という意識が高まっていたのです。 AIによって定型業務を効率化しつつ、生まれた時間で顧客のコンサルティングに力を入れる。簡単な質問はAIを使ったチャットボットで対応し、人間は複雑な問題の検証を行う。そのような形で、士業の仕事は、より専門性を生かしたものに今後シフトしていくと考えられます。 なお、トムソンロイターが2024年に発表した「Generative AI in Professional Services」(専門家のサービスにおける生成AI)によると、税務および会計の専門家の約4分の1がすでに業務に生成AIを取り入れているといいます。具体的には、データ入力の自動化、税務研究、不正検出、予測分析などの分野で活用されているとのことです。 日本の状況については、日本税理士連合会が現在とりまとめている「第7回税理士実態調査報告書」において、「生成AIの活用」についての質問項目が新たに設けられたため、徐々に実情が明らかになるでしょう。
5. 専門家を介さず「AIで相続手続き」が難しい根拠
先に説明した研究論文「雇用の未来(The Future of Employment)」では、税務申告書作成者や法務秘書・法律事務職員がコンピュータ化に対して高リスクであったのに対して、弁護士は低リスクと評価されていました。このことが、今後の相続手続きや、専門家の未来を占うヒントになると思います。 この研究論文では、弁護士の仕事のうち、契約書作成や文書検索などの定型作業は自動化のリスクが高いと評価されていました。その一方で、複雑な法的推論や、クライアントとの対面コミュニケーションなどは、引き続き人間の弁護士が担う可能性が高いとされています。 より最近の研究では、2023年6月にスタンフォード大学などの共同研究として発表された「Large Language Models as Tax Attorneys: A Case Study in Legal Capabilities Emergence」(税理士における大規模言語モデル:法的能力創出のケーススタディ)という論文があります。 これによると、AIの分野の一つである大規模言語モデルが、税法の解釈において高いパフォーマンスを発揮を示しています。しかし、そのためには法的文脈を踏まえた適切なプロンプトで指示を行う必要があるといいます。ということは、法律をほとんど知らない人が、複雑な法的問題に対してAIで正しい答えを導き出すことはできないでしょう。 これらの研究結果を踏まえると、AIが士業の業務に及ぼす影響は前向きなものであると考えられます。定型業務の効率化や法的判断のヒントとするために、専門家がAIを活用する未来が来るとしても、人間でなければ行えない業務は必ず残るでしょう。 ちなみに、「雇用の未来(The Future of Employment)」が、706の職種のなかで最もデジタル化のリスクが低いと評価したのは、レクリエーショナル・セラピストでした。これは、アートやスポーツ、音楽などを使って患者の回復をサポートする仕事です。 これは私見ですが、税理士などの専門家も、レクリエーショナル・セラピストに似た側面があります。とくに相続手続きの場合、法律的に正しくとも、節税できるとしても、家族感情からは別の選択肢がふさわしい状況があります。そのような繊細な要素をくみ取って、多面的なアプローチで最適な選択肢を提示できるのは、人間にしかできないことではないでしょうか。 今後、少子高齢化を迎える日本では、相続手続きをサポートする人間が減る一方で、相続の問題を抱える人は増えていくことが予想されます。そうしたなかで、専門家とAIが協力し、より円滑に相続手続きが実現する未来が訪れることを願っています。 (記事は2024年7月1日時点の情報に基づいています)
小林義崇