これまで食べた中華料理は5000食以上! 酒徒さんが提案する、新しい家中華レシピ
30年続ける“食べたもの”をノートに書く行為
小竹:先ほどお話していた年季の入ったメモ帳を今日お持ちいただいているそうですね。 酒徒:段ボールに何十冊もあるのですが、当時はまだスマホなどがないアナログ時代だったので、妻と2人で旅行するときなどにノートを持って行って、食べた料理や値段を全部書いていました。 小竹:すごいですね。 酒徒:何が入っていたとか、ちょっとした感想を書いておくので、帰ってきた後も調べられるんです。そういうことを目的として書いて、それをブログに書くみたいなことを10数年やっていました。一緒に写真も撮っていたので何十万枚もあります。 小竹:それも大学1年生のときからやっていた? 酒徒:その頃は「写ルンです」だったので24枚しか撮れない。だから、全て撮るようになったのはデジカメ時代ですね。ノートは大学1年生のときに中国に行って衝撃を受けて、そこから書き始めたので、もう30年くらいやっていますね。 小竹:すごいですね。 酒徒:パソコンやスマホがない時代なので紙に書いていましたが、2000年代になって北京や上海で暮らしていたときは、ノートからExcelに変わり、毎日食べたものを全部書いて、横にピンインという中国語の発音記号を書いて、勉強も兼ねていました。今見返してもちょっと病的な記録ですね。 小竹:結果として、どのくらい食べているのですか? 酒徒:少なくとも最初の2年で5000食以上は食べています。それは明確にExcelの量が5000以上あるので。前に試しに計算をしてみたら、朝は何か軽食を食べ、昼に誰かと食べて3皿程度シェアして、夜も3皿で、1日7皿で、365日食べると大体2500食くらい。宴会をしたらもっと頼むし、旅行のときは1日5食くらいの勢いで食べるので、5000食でも少ないくらいで、余裕で可能だという検証結果が出ました。
“多様性”があることが中華料理の魅力
小竹:中華料理の魅力はどこにあると感じますか? 酒徒:多様性が1つの大きな魅力だと思います。あれだけ大きい国で、自然環境も山がちや平野などがあり、気候も寒い暑いがあって、人口も10何億人もいる中にいろいろな民族がいて、それが悠久の歴史の中で混ざり合っている。山1つ越えれば料理が変わるし、所を変えれば国が変わったように料理が変わる。30年近く食べていてもまだまだ知らない料理が出てくる。だから、一生尽きることのない遊びを見つけたような感じです。掘ろうという気持ちさえあれば、いくらでも出てくる鉱脈みたいな感じですね。 小竹:30年も経つと、中華料理の中にも流行りが入ったり、ミックスされたりなどと変わる部分もあるのですか? 酒徒:料理は常に変わり続けるものだと思っています。ただ、特に90年代、改革開放後の経済発展の中のこの数十年は、中華料理がすごく大きく変わった時代だと感じます。交通網が発達して人の行き来が当たり前になると、南の料理が北に伝わったり、その逆もあったりして、それまで自分の地域だけで料理を食べて人生を終えていた人たちが、他地域の料理を食べるようになる。すると、気に入られた部分は混ざり合っていき、料理がどんどん変容していくんです。 小竹:そうですよね。 酒徒:あと、それまで外食をしなかった人たちが豊かになる過程で外食の頻度が上がっていく。レストランの料理はインパクトを重視するので、基本的に家庭料理より味が濃くなるんです。濃い味の料理を日常的に食べていると、それが家庭料理に戻っていくので、家庭料理の味付けも昔よりは濃くなりがちになっている気はします。 小竹:一方で、昔からある郷土料理を大事にしようといった動きは中国ではあるのですか? 酒徒:中国各地の昔ながらの料理を取り上げる番組が数年前に流行って全国的な人気を博して、その後追い番組がどんどん中国で生まれたんです。それで、流行りの創作料理ではなく、昔ながらのものに価値があるという価値観が生まれて、中国の農村では昔ながらの味をツーリストに対して出すみたいなことも増えてきていて、これは非常にいい流れだと思っています。 小竹:中華料理にハマりながらも、食や家庭料理への飽くなき探求心も感じます。それはどういったところから来ているのですか? 酒徒:一般的に人間は自分が慣れ親しんでいる味をおいしいと感じやすい。そのほうが安心で、動物の本能的には正しいと思いますが、僕はそれよりは食い意地が張っていて、食べたことがないものを見たら食べてみたいという、単純にその衝動です。それに全てが支えられていますね。 小竹:5000食も食べているけど、まだ新しいものに出会えるのが中華料理なのですか? 酒徒:それが中華の多様性で、1つの省に行っても、町1つ変えればまたその町の名物料理があるという世界ですので、一生では無理なんです。ずっと向こうに住んで、仕事もせずに毎日好きにしていいよと言われても全部は難しい。そういう世界だと思うので、そこに僕は興奮するタイプです。 小竹:新しいものを食べておいしいと感動したら、同じものを何回も食べてしまいそうですけど…。 酒徒:おいしいものを食べたときより、むしろ1回目からおいしいと思えなかった料理のほうが3回くらい食べています。その地域の名物料理は、その地域でおいしいと思われているから食べられているのに、おいしいと思えなかったということは、僕の経験が足りないか、その店がまずかったか、食材がダメだったかなど、別の要因が考えられるので、それを潰していくために3回くらい食べます。 小竹:なるほど。 酒徒:要因が自分がただ受け付けなかっただけの場合、3回も食べていると慣れてくる。慣れてきて、地域で人気がある理由もわかり、やがてそれが自分の中でおいしいというところまで落ちてきたときが、一番自分が求めている瞬間です。その国のその地域の風土と歴史と文化を我が身に取り込んだかのような感動があり、「ああ、うまいな」って心から感じます。 小竹:具体的な料理名があれば教えてもらえますか? 酒徒:昔、貴州や雲南で、ものすごく苦い料理があったんです。日本の料理にはまずない、牛の胃液や胆汁が入っているからすごく苦いのですが、苦さが前面に出ていて驚きがある料理なのに、何度か食べていると後味が爽やかさになっていき、その後に体がスッとした気持ちになるんです。 小竹:うんうん。 酒徒:この地域も非常に夏は暑くて過ごしにくい気候なので、こういう苦みを味と体の効果とともに味わっているのだろうと感じた瞬間にその苦さがおいしく感じてきて、もう1回頼みたい気持ちになる。そういうのが好きで、1口目からのおいしさは求めていなくて、好奇心の部分も含めて、両方を味わっているところはあります。 (TEXT:山田周平)