音楽家・渋谷慶一郎と香水ブランド「ラニュイ パルファン」、アーティスト・和泉侃がつくる“音楽×香り”の一夜 ピアノソロコンサート「Living Room」が提示する可能性
また、コンディショニングという観点でも両者の親和性は高く、香りはより良い状態で音楽を聴くための手助けにもなります。昨年開催された「アンビエント キョウト(Ambient Kyoto)」で、僕は「聴覚のための香りのリサーチ」という展示のための香りの制作しました。聴覚を向上させる成分を研究し、会場の空間に適した香りに落とし込む試みです。音楽を聴く耳を研ぎ澄ませ、脳や身体のコンディションを最適化するという点でも、音と香りは非常に相性が良いと考えています。
渋谷:僕はコンサートでサウンドチェックをしている時、PAの方に「お客さんが楽器の中にいると感じられるような音響にしてほしい」とよく言うんです。お客さんが音に包まれているような空間をつくることには、まだまだ新しい可能性が残されていると考えています。
今回のピアノソロで香りを取り入れたのは、コンサートにおける新しい全方位的な体験を実現したかったから。聴覚だけの体験も、視覚と聴覚に訴えるオーディオ&ヴィジュアル体験もさまざま実施されていますが、嗅覚を使った音楽体験には、まだまだ開拓の余地がある。それに、オーディエンス側の体験だけではなく、演奏する自分にどういう効果が生じるのかということにも、興味があります。
前例のない体験をつくり出すために
――前例のない音楽体験を志向するという意味で、アンドロイドオペラでも今回のピアノソロでも、渋谷さんの姿勢は一貫していると感じます。
渋谷:僕は劇場で何かやるときは、新しい体験を創造することに注力しています。しかし、文化を受容する多くの人たちが、音楽や香りといった「消えていくもの」「所有できないもの」に対して十分な価値を認めていないと感じていて、そこに憤りを覚えることもあります。
今、現代アートが流行っていますが、所有・売買できるという資産的価値ありきの熱狂みたいなところがありますよね。これは日本だけじゃなく世界全体の話になりますが、文化的成熟度を測る上で「所有できないもの」の価値を認識できるのは重要で、今、人類が次の段階へ到達できるか否かが試されているとすら考えています。