音楽家・渋谷慶一郎と香水ブランド「ラニュイ パルファン」、アーティスト・和泉侃がつくる“音楽×香り”の一夜 ピアノソロコンサート「Living Room」が提示する可能性
海老原:編集の仕事でもアーティストやフォトグラファー、スタイリストの方々と一緒に仕事をすることがあるじゃないですか。その時に私が何を大切にしているかといったら、スピード感以外になくて。「ラニュイ パルファン」のプロジェクトでも一緒で、納期をスケジュールに合わせるのが私の責任で、とにかく早く進行する以外に意識することは何もないですね。両者ともに卓越したアーティストで、お二人にやっていただけさえすればクオリティの高いアウトプットが生まれるのは間違いないので、そのためにスケジュールを整備して進行を徹底するだけです。あとは出てきたもののコストに見合った適正な値付けをするのが私の仕事ですね。
音楽と香りが共にあることで、何が生まれるのか
――音楽と香りの関係性や、両者のコラボレーションで生まれる可能性などについて、皆さんのお考えを聞かせていただけますか?
海老原:「ラニュイ パルファン」でも香水を発売しているアレクサンドル・スクリャービン(Alexander Scriabin)というロシアの作曲家は、共感覚を持ち、音から色が見えていたと言われています。晩年に構想していた未完作「神秘劇」では香りも取り入れ、聴覚・視覚・嗅覚が混然一体となった世界を実現しようとしていました。そんなスクリャービンを敬愛する自分にとって、今回、渋谷さんと侃さんと一緒に、音楽と香りが織りなす特別な体験を作り出せるのは、とても嬉しいことです。
あと、香りの最も魅力的な点は、その場に行かなければ体験できないという稀少性だと思っています。それは音についても同じこと。録音は可能ですけど、「生の音」はその場でしか聴くことができません。あらゆるものがデジタル化された現代において、直接的な体験こそが最も貴重で、そこに真にラグジュアリーな価値が宿っていると言えるのではないでしょうか。
和泉:匂いは情報です。動物は食べ物や敵味方、交配の時期などさまざまな情報を匂いから受け取っています。それは人間も同じで、古い家に足を踏み入れると、匂いからその家が過ごしてきた時間の蓄積を情報として受け取ることができる。そして、どんな空間にも音と匂いは存在しています。匂いの中に音という情報が含まれていると考えることもできますし、逆に、ある音や音楽が鳴っている空間に本来あるべき香りとはどんなものかと想像を巡らすこともできる。そういう意味で、匂いと音は切り離せないもの、欠けている要素を埋め合う相互補完的なものだと思っているんです。