ニッポンの異国料理を訪ねて: ウイグルの味を世界へ。 さいたま市「シルクロード・ムラト」が伝える故郷の一皿
地域住民にも愛される故郷の味
「故郷で偉くなりたい」から、「日本でウイグル食堂を」へ。気がつけば、人生のベクトルは変わっていた。それは故郷が変わったことが大きいのだろうか。ウイグルが今どうなっているのか、筆者は繰り返し尋ねたものの、エリさんは全く何も語ろうとしなかった。 2006年にオープンしたシルクロード・ムラトは、日本でなじみのない異国料理店で、かつ駅から遠い立地にもかかわらず、しっかりと地域に根づいた。週末になると遠方からもウイグルの同胞やイスラム教徒の留学生や労働者、日本人のエスニック料理愛好家がやって来るが、お客さんの多くは地元に暮らす日本人だ。
この店が日本人から愛されるのはなぜか。それは第一に、ウイグル料理が日本人の舌に合うということが大きい。妻のアイトルソンさんが言う。 「私は来日後、いろんな国の料理を食べたことで、改めてウイグル料理の特徴を知りました。ムスリムが食べる食事は、スパイスがかなり効いたものが多いですよね。ウイグル料理でもクミンをはじめ、コショウやコリアンダーといったスパイスが重要な役割を果たしていますが、量が控えめでやさしい味つけなんです。ですから初めて来て、舌に合うといって驚くお客さんが多いんです」 こうした味に加えて、日本で出会った夫婦が2人の子どもを育てながら地域の人たちと交流してきたことが大きい。特にアイトルソンさんは「ウイグルのことを伝えられるなら」と、声がかかれば忙しい合間をぬって近隣の学校や行事に顔を出し、故郷ウイグルの文化を伝え続けている。
シルクロード・ムラトには、常連の多くが頼む名物がある。それはラグ麺。小麦文化に生きる人々の食卓を彩ってきた、ウイグルを代表するメニューだ。 丹念に手延べした平麺はやわらかくも腰があり、小麦本来の甘みが漂う。これに旬の夏野菜とラム肉をニンニクとしょうがベースのスープに絡めていただくと、疲れ切った体が次第に元気になっていくのだった。 汗を流しながらラグ麺を食べ進める筆者を見て、アイトルソンさんがうれしそうに言った。 「この店を始めたとき、私たちの故郷のことは全然知られていなくて、『ウイグルって料理の名前なんですか?』なんてよく聞かれて悔しい思いをしました。でも、いまでは少しは知ってもらえるようになったかな。ウイグルのことを世界中の人たちに知ってもらう。それは外国に出た、私たちの務めだと思っていますから」