加害者が賠償金を払わない――。犯罪被害者は泣き寝入りの現実 国の乏しい経済支援に立ち上がる弁護士ら
「刃物を使うことに抵抗を覚え、料理ができなくなりました。人との関わりも難しくなり、すべての友人と連絡を絶っています。何か聞かれたら私は何て答えればいいのか。今でもどうしたらいいのか分かりません」
警察の怠慢捜査と過熱するメディアによる報道被害
2022年版の「犯罪白書」によると、2021年に発生した刑法犯の認知件数は、窃盗を除いても18万6335件。このうち、殺人は874件だ。死には至らなくとも事件で深刻なけがを負わされ、仕事や生活に多大な支障が出ている人もいる。被害者の家族、遺族になると塗炭の苦しみを味わう日々となる。 悲しみに打ちのめされている最中に、警察の事情聴取が行われることは珍しくないが、それに加えてメディアの取材陣に押しかけられることもある。 「メディアスクラムによって家族全員、近所から孤立させられた状態でした。家内は買い物にも行けず、受験を控えた長男は外に出られない。いつも家の前でマスコミが10~30人くらいうろちょろしていたからです」 埼玉県上尾市の猪野憲一さん(72)はそう振り返る。 1999年10月26日に女子大学生がJR桶川駅前で殺害された「桶川ストーカー殺人事件」。被害者の父親である猪野さんは事件直後から過熱する一方のメディア報道に悩まされた。 「仕事に行くときには、友人に車で迎えに来てもらい、パッと乗り込んでいました。ところが、ドアを閉めようとすると記者が手を突っ込んで閉めさせないようにする。仕方なく顔を出すと、パシャパシャと写真を撮られる。そんな状況が3カ月も続きました」
桶川ストーカー殺人事件では、猪野さんの長女・詩織さん(当時21)が男に付きまとわれ、執拗な嫌がらせを受けたうえで殺害された。この事件ではストーカー行為を行っていた男の異様さもさることながら、埼玉県警が事前に相談を受けていながらまったく動かなかったことも世の批判を浴びた。男の言動に恐怖を感じた猪野さんら家族は度々助けを求めたが、県警は取り合わず、詩織さんから受け取った告訴状すら隠蔽した。 両親は、事件は怠慢捜査によるものだとして埼玉県に賠償を求めて提訴し、県警の怠慢捜査が一部認定された。さらに、加害者の常軌を逸したストーカー行為に世間は驚愕し、2000年にストーカー規制法が成立するに至った。 だが、猪野さん家族の苦悩は事件だけにとどまらなかった。一部のメディアは埼玉県警から得た誤った情報をもとに詩織さんを「ブランド好き」「風俗嬢」などと報道し、猪野さんら家族に問題があったかのように大々的に報じた。家族は娘の死という悲痛に加え、県警の間違った情報、それに基づく報道で何重にも被害に見舞われることになった。 一般の人々に誤った情報が一度刷り込まれると、その記憶は簡単には消えない。「殺されてもなお貶められている娘の無念を晴らすため」。猪野さんは事実を直接伝えるべく、今でも全国を講演して回る。その数は100回を超えた。 犯罪被害者は事件によって想像を絶する悲しみを背負う。しかし、それだけでなく、事件後も人知れず苦しむ日々が続く現実がある。 その大きな要因が、被害者家族への経済的な支援の乏しさだ。