ノーベル文学賞作家とBTSをつなぐ消せない歴史
ハン・ガンの父が語ったこと
私は2017年、ハン・ガンの父親であり、作家のハン・スンウォンに光州で会ったことがある。 光州出身のハン・スンウォンは、1980年1月に作家活動に専念するために家族とともにソウルに引っ越したが、その年の5月に光州で民主化運動が起きた。何が起きたのか知るために、ハンはバスターミナルに張り込んで、光州から来る長距離バスの乗客に聞いて回ったと話していた。軍事政権による徹底的な言論統制によって、光州での出来事は韓国国内では知らされなかったのだ。 光州の真実がタブー視されるなか、光州の人々は虐殺された市民の姿を撮った写真集を作り、証言を集めて書籍にまとめ、密かに流通させた。 ハン・スンウォンも後日、当局の目を逃れて回ってきた資料を入手し、故郷で起きた壮絶な出来事を知ることになるが、ショッキングな写真などを、子どもたちの目に触れさせないような場所に隠しておいたという。だが、「娘は私が知らぬ間にそれらを見ていたのだと思う。それで『少年が来る』を書いたのでしょう」と語っていたのが印象的だった。 そういった光州の証言集の中に『死を越えて、時代の暗闇を越えて』(邦訳・岩波書店)という本がある。同書は1985年に出版されたが、当局によって押収された。出版社はその後、手作業で5000部を刷り、その本のコピーが大学生を中心に広まって行った。 その本の著者の一人が冒頭にも言及した、ノーベル文学賞候補とされてきた作家の黄晳暎だ。そして高銀も黄晳暎も、ハン・ガン同様、朴槿恵政権のブラックリストの対象だった。 ハン・ガンのノーベル賞受賞は、彼女よりもキャリアの長い「社会派の男性作家」たちをスキップしたのではなく、韓国が抱える歴史や社会的問題をテーマにしながら、それまでも見落とされてきた層の人々の心の深淵に触れることで、作品をさらに高次元に昇華させた結果ではないだろうか。それを成し遂げることができたのが、女性であるハン・ガンだったのである。