「とんねるずは死にました」―戦力外通告された石橋貴明58歳、「新しい遊び場」で生き返るまで
貧乏だったけれど、両親に愛情豊かに育ててもらったと振り返る。幼い頃から、放任主義の父親に「すべてにおいて自分で責任を持て」と言われていた。そんな父親が、中学校の校長室に「殴り込んだ」ことがある。 「中学3年の時、『ぎんざNOW!』(TBS)という番組に『しろうとコメディアン道場』って人気コーナーがあって、友達と出たんですよ。下ネタばっかりの馬鹿なネタをやったんです。ところが、クラスの担任が学校一厳しい生活指導の先生で。『受験生が何をやってるんだ!』と、次の日猛怒り。それから毎日居残りさせられて」 帰りの遅い息子をいぶかって、父親が事情を聴いた。 「成人している兄貴が収録に連れてってくれてたんです。それで父親が、『学校から帰って着替えて保護者までついているんだから、そこまで学校側に言われる筋合いはない』って。校長室に殴り込みに行ったのね(笑)。父親が息子と息子の友達のために直談判してくれたこと、自分たちの自由とかについて、中3ながらに考えさせられて」 「最初はクラスメートも、『石橋すげー面白かった!』って大喜びしてたんですよ。それがホームルームで『昨日、石橋が番組に出たことについてみんなどう思うのか?』ってなったら、同じやつが『受験生なので、いけないことだと思います』って(笑)。社会の矛盾みたいなものを感じましたね。それから何カ月間か、干されるような日々を過ごし。でも、それが職業になるとは(笑)。だから、うん、親父の判断は嬉しかったですね」
人生を変えた30万円
高校時代はひたすら野球に打ち込んだが、卒業前に出た『TVジョッキー』(日本テレビ)で、「チャンピオン」になる。 「僕は3代目チャンピオンだったんですよ。初代、2代目、3代目が出るグランドチャンピオン大会があって、圧勝して、ものの見事にチャンピオン。これで『俺が日本一おもしれー素人だ!』って」
これを最後にお笑いも卒業するつもりだったが、今度は『所ジョージのドバドバ大爆弾』(東京12チャンネル、現テレビ東京)の賞金に引き寄せられた。 「ネタをやってゲームをクリアすると100万円。当時、免許取りたてで、金がないから車が買えないわけですよ。2人1組だから『誰かいねーかな?』と思ったら、サッカー部に木梨(憲武)君がいた。百何十組オーディションに来てて、俺たちだけ受かったんです。でも、ゲームがダメで賞金はもらえなかった。これで本当におしまい。俺は4月からホテルに就職。木梨君は自動車の会社に入って整備士やると」 「サービス業に向いている」という父親のアドバイスに従い、ホテルに就職が決まっていた。ホテルマンとして生きていくはずが、やっぱりお笑いの道に導かれていく。 「『ドバドバ大爆弾』のスタッフが、『お笑いスター誕生!!』(日本テレビ)のスタッフだったんですよ。ホテルで『Would you like a coffee?』とか素敵な英語をしゃべったりしていたのに、急に家の電話が鳴って『お前ら出ないか?』って。憲武とオーディションに行ったんです。そしたら演出家が、『そんなのでお前、プロになれると思ってんのか?!』って。それまでどこのオーディションに行っても『石橋君は面白いね!』って蝶よ花よだったのに。失意のどん底で、市谷の坂をとぼとぼと」