FC東京復帰が決定的な長友佑都が11年前に語っていた「世界一のサイドバックとなって帰ってくる」の約束
前出の井上教諭から授かった金言はクラブの規模や知名度に関係なく、まずは戦う舞台をヨーロッパへ移す選択につながる。自分自身に絶対的な自信を抱いていた長友はチェゼーナをステップにして世界的なビッグクラブのインテルで7年間プレーし、やがて最古参選手になり、副キャプテンを任される存在になる輝かしいキャリアを築いた。 その後も意思を貫いた。出場機会を求めて2018年2月に移ったトルコの強豪ガラタサライでも、3シーズン目の途中に戦力外を通告された。登録外になってもガラタサライに残留し、公式戦出場がかなわなかった半年間を「自分への投資」と位置づけ、心身を鍛練し直した先の昨年8月末にマルセイユからのオファーを手繰り寄せた。 右肩上がりで調子を上げた昨シーズンは25試合に出場するも、マルセイユとの1年契約を更新できなかった。ガラタサライからマルセイユへ移るまでの約2ヵ月間も無所属だった長友は、アジア最終予選に臨む森保ジャパンに招集され、2日のオマーン代表との初戦へ向けた大阪合宿中に、無所属という肩書きについてこう言及している。 「移籍の問題は自分の意思だけでは決まらないので。去年も同じような感じでしたし、焦っても仕方がない。いいニュースを届けられるように、僕自身も祈っています」 パーソナルトレーナーのもとでトレーニングを積み、身体のコンディションも十分にケアしてきたとマルセイユ退団後の日々を説明した長友は、引き続きヨーロッパでのプレーにこだわるのか、と問われると迷わずに首を縦に振っている。 「僕の哲学としては、過酷な環境で挑戦したい。そこは変わらずに持っています」 しかし、代表活動中の8月31日にヨーロッパの移籍市場が閉まった。無所属の長友は移籍期間外でも契約が可能だが、9月1日以降は各クラブの動きが一気に鈍化する。 引き続きヨーロッパからのオファーを待つのか。あるいは別の選択をするのか。決断を迫られる状況でオマーン、中国両代表戦に左サイドバックとして先発した長友は、無所属を続ける場合、コンディションとは別次元の課題が生じてくるとも語っていた。 「ただ、サッカーの感覚は別の問題でもあるので」 サッカーの感覚とは、実戦でしか研ぎ澄ませられない「ゲーム勘」を意味していた。