中国の人口の半数近くはいまも農村に住む。その見えにくい実態を描き出す―田原 史起『中国農村の現在「14億分の10億」のリアル』橋爪 大三郎による書評
上海や北京は中国のごく一部。人口の半数近くはいまも農村に住む。その見えにくい実態を描き出す。 中国は≪国家新型城鎮化規劃≫を進め、都市化率を60%に増やすとする。全国に二千もある県を都市化、県城(県の中心都市)周辺に農民を集め≪県域社会≫をつくる。不動産バブルを巡る悲喜劇も続発中だ。 著者は農村社会学者。中国各地の農村に泊まり込み、日常を観察して文字情報の裏付けを取っていく。村の幹部は大役だ。計画出産やインフラ整備に責任をもつ。長く幹部を務めボス化する場合もあった。そこで二○年ほど前、選挙を始めた。複数が立候補し落選もある。村は混乱し民主主義も根付かなかった。 選挙の導入は、党中央が村の幹部の力を殺(そ)ぐため。中間集団も代表の考えもない中国に、民主主義はそぐわない。著者の正しい考察である。買収が横行する村の選挙、大型農機で収穫を請け負うビジネス、寄宿制の私立小学校、…。聞けば奇妙だが、本書を読むと納得できる。 巻末に紹介の「小さき麦の花」、農村の今を描く秀作映画だ。主人公は移住を迫られる。公開すぐ打切りに。政府の方針と合わないのだ。 [書き手] 橋爪 大三郎 社会学者。 1948年生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。執筆活動を経て、1989年より東工大に勤務。現在、東京工業大学名誉教授。 著書に『仏教の言説戦略』(勁草書房)、『世界がわかる宗教社会学入門』(ちくま文庫)、『はじめての構造主義』(講談社現代新書)、『社会の不思議』(朝日出版社)など多数。近著に『裁判員の教科書』(ミネルヴァ書房)、『はじめての言語ゲーム』(講談社)がある。 [書籍情報]『中国農村の現在-「14億分の10億」のリアル』 著者:田原 史起 / 出版社:中央公論新社 / 発売日:2024年02月21日 / ISBN:4121027914 毎日新聞 2024年5月11日掲載
橋爪 大三郎