依存症の人が見えている世界(3)脳が「欲しい」と感じ、制御がきかなくなる
「依存症とは何かを説明するとき、『好き』と『欲しい』を想像すると分かりやすい」(ライフサポートクリニック・山下悠毅院長=以下同) 「酔ってどう帰ってきたか記憶にない」はアルコール依存症 「好き」と呼ばれる状態は、人生をより豊かにしてくれる対象。気分がゼロからプラスの方向へ向くベクトルだ。対して、「欲しい」とは「ないと苦しい」、つまりマイナスからゼロの方向へ向くベクトルになる。 「ビール1杯が1500円と高価でも、後者は『ないと苦しい』から購入してしまう。依存傾向にあると言っていい」 脳が「欲しい」と感じることで、制御がきかなくなる。前回、依存症は脳の仕組みによって引き起こされると説明した。つまり、当事者の意志の弱さ(=怠慢)によって繰り返してしまうものではない。 「脳内に“依存症回路”ができてしまうことで、『やってはいけないのにやってしまう』ようになる。この依存症回路は、一度脳に出来上がってしまうと断つことはできません。そのため反省したとしても、薬物や盗撮など再発してしまうことが珍しくない。依存症を治療していくには、患者の意識下にある“やめたい自分”と“やりたい自分”の2つの軸を、両備えでケアしていくしかない」 “やめたい自分”に関しては、依存症という病気の正しい知識と理解が不可欠だといい、“やりたい自分”に関しては、「やりたいという気持ち」は意思ではなく環境に依存することを知ることが大切だと語る。 「“やめたい自分”を“やりたい自分”が上回れば再発します。やりたいを上げないためには、徹底して自分の環境を変え、ルールを守っていくしかない。お酒でも薬物でも盗撮でも再発する理由はただひとつです。ストレスや不満が原因ではなく、『再発できる環境だから』です」 スマホに置き換えると、依存症患者の世界をイメージしやすいかもしれない。 「皆さんは、なぜ用もないのに電車やトイレでスマホをいじるのでしょう? 答えは、『スマホがある(すぐに取り出せる)』からです。取り出せないほどバッグの奥底にあったら見ないですよね? 依存症も同じです。環境や状況が整っているから無意識にやってしまう。“できない”ためのルールや環境をつくることが欠かせない」 私たちが無意識にスマホを見てしまうのも、依存症回路ができているからかも……。依存症は意志の強弱とは無関係の病気なのだ。 =つづく ▽山下悠毅(やました・ゆうき) 精神科専門医・精神保健指定医。日本外来精神医療学会理事。近著に「彼らが見ている世界がわかる 依存症の人が『変わる』接し方」。