JALのカスハラ対策 知っておくべき「2.5人称の視点」とは
サービスや商品を利用する顧客などが、優越的な立場を利用して社員に著しい迷惑行為をすることを指す「カスタマーハラスメント」。このところ社会的な認知や問題意識が高まっていますが、日本航空株式会社では4年前からグループ全体でカスタマーハラスメント対策に取り組んできました。従業員が安心して働ける職場環境を実現し、生産性の向上、ひいてはサービス品質の向上にもつながるカスタマーハラスメント対策。取り組みの背景や具体的な施策について、同社カスタマー・エクスペリエンス本部 CX推進部 お客さまサポート室の方々にお話をうかがいました。
顧客に寄り添いつつも、客観的な判断を行う「2.5人称の視点」
――貴社では4年前からカスタマーハラスメントに対する取り組みに力を入れているとのことですが、取り組みを始めた背景をお聞かせください。 土田:「JALフィロソフィ」というグループ企業理念でもうたわれているとおり、私たちはお客さまに最高のサービスを提供することを目標に従業員一丸となって取り組んでいます。一方で、お客さまからの明らかに過剰で理不尽な要求に対しても寄り添い続けてしまうことが恒常的に発生していました。対応にあたる従業員に多大な精神的な負担がかかり、休職や、最悪の場合は離職に追い込まれることも少なくありませんでした。将来を担う大切な従業員がそのような理由で職場を離脱していくことに会社として強い危機感を覚えていました。 そのような中、令和2年6月の厚生労働省告示第5号で、顧客などからの著しい迷惑行為に関して事業主が行うことが望ましい取り組みの内容が示されたことを機に、社内に「カスタマーハラスメント分科会」を立ち上げ、お客さまの迷惑行為に対する取り組みを行うことになりました。 安部:カスタマーハラスメント分科会では、厚生労働省によるマニュアルを参考に自社でのカスタマーハラスメントの判断基準を策定しました。実は、飛行機内では航空法が適用されるため、安全阻害行為に該当するような行為に対しては毅然(きぜん)とした対応をとることができていました。一方で予約部門や空港・市内カウンターなどの地上部門では、明確な後ろ盾となるものがありませんでした。そのため、まずは判断のよりどころになるような基準を定めたという経緯です。 ――貴社では「カスタマーハラスメント」をどのように定義しているのでしょうか。また、現場で起きている事案としてはどのようなものが多いのでしょうか。 土田:厚生労働省の定義をふまえ、当社におけるカスタマーハラスメントの定義を「顧客または取引先などからの優越的な立場を利用した、航空法に定める安全阻害行為と、他の不法行為に該当する行為およびこれにつながりかねない行為、または義務のないことや社会通念上相当な範囲を超える対応を要求する行為により従業員の就業環境を害されること」と定めました。その上で、具体的にどのようなカスタマーハラスメントが存在しているのか、お客さま対応が発生する予約部門、空港、客室部門、および市内発券部門などの実態を調査し、現状把握を行いました。その結果を基に現場で起きている事例を16項目に分類し、カスタマーハラスメントに該当するか否かの判断基準として定めました。 田中:カスタマーハラスメント該当項目のうち、特に多いものとしては暴言、大声、暴力行為、長時間に及ぶ従業員の拘束などが挙げられます。当社は女性従業員が多いため、残念ながらセクハラ行為もあります。 ――通常の範囲内の要望とハラスメントとの間の線引きが難しいと思いますが、どのように切り分けているのでしょうか。 土田:おっしゃるとおり、通常の要望とカスタマーハラスメントを切り分けるのは非常に難しいことです。そのため、「2.5人称の視点」を意識するようにしています。当社では「安全の砦」というお客さまに対する提言書を作成しており、そこに明記されている言葉です。安全管理の観点で使われている言葉でもありますが、お客さまの接客においても2.5人称の視点がとても重要であると考えています。 安部:2.5人称の視点とは、「自分や自分の家族が乗客だったら」という視点(1人称、2人称の視点)と、客観的な視点(3人称の視点)を併せ持った視点のことです。つまり、お客さまの要望や不満に対して、まずは「私や私の家族だったらどう思うだろう」という視点で真剣に傾聴し、誠意を持って説明を尽くします。その上で複数の人の目で客観的に確認し、度を越えた言動であるかどうかを判断する、ということです。 土田:判断する際は、単に「声が大きい」「怒鳴っている」といったことだけでハラスメントだと認定するのではなく、お客さまの主張に耳を傾けた上で慎重に判断しています。応対している社員の経験が浅い場合などは上席担当者が対応を代わったり、さらに上のマネジャーの判断を仰いだりして、複数の目で確認します。その結果、やはりお客さまの行為が過度であるいう判断に至った場合は、会社はその判断を尊重して全面的に社員をバックアップします。