[MOM4873]東京実GK海老澤光(3年)_絶対的な自信を持って挑んだ「11メートルの1対1」で初めて流した嬉し涙。2本のPKストップで守護神が東京4強を引き寄せる!
[高校サッカー・マン・オブ・ザ・マッチ] [10.26 選手権東京都Aブロック予選準々決勝 東京実高 2-2 PK4-3 大成高 NICHIBUN SAKURA FIELD] 【写真】影山優佳さんが撮影した内田篤人氏が「神々しい」「全員惚れてまう」と絶賛の嵐 みんなの気持ちは十分に受け取っていた。準決勝進出を懸けた、運命のPK戦。ずっと積み重ねてきたものには、絶対的な自信を持っている。あとはそれを過不足なく、この11メートルの1対1で披露するだけ。主役になれるこんなチャンスを、逃すわけにはいかない。 「ずっと全国に行きたいというのがチームの目標としてあった中で、苦しい延長も耐えられて良かったですし、勝てる自信は結構ありましたね。GKコーチには『止めるのは得意なんだから、思い切りやってこい』と言われましたし、本当にPK戦に自信はありました」。 東京実高のゴールマウスを託されている、笑顔が似合う背番号1の守護神。GK海老澤光(3年=荏原一中出身)が繰り出した2本のPKストップが、チームのみんなで目指してきた西が丘で戦う権利を、力強く引き寄せた。 周囲は焦りの色が隠せない中で、比較的冷静さを保っていたという。第103回全国高校サッカー選手権東京都予選Aブロック2回戦準々決勝。春の関東大会を制している難敵の大成高と激突した一戦は、幸先よく2点を先行したものの、後半のほとんどラストプレーで同点に追い付かれ、試合は延長戦へと突入することになる。 「ずっと守る時間が続いていたので結構キツかった中で、失点してからすぐに後半が終わって、その時は結構雰囲気も悪かったですけど、だんだんポジティブな声を出す選手が増えてきていましたし、自分はそこまで焦らずに落ち着いていたと思います」(海老澤) 本人はあまり納得がいっていなかったようだが、チームを率いる森昌芳監督も「アイツで勝ってきたゲームも今シーズンはいっぱいありますし、今日も“ハットトリック”ぐらい止めていましたよね」と評したように、少なくないピンチでファインセーブを連発。80分間で発揮したパフォーマンスは、間違いなくチームメイトに勇気をもたらしていた。 延長の20分間も押される時間を強いられながら、何とか凌いでもつれ込んだPK戦。東京実はインターハイ予選でも、一次トーナメント決勝の東大和南高戦でPK戦を戦っていたが、海老澤はそのゲームから小さくない教訓を手にしていたという。 「インターハイの時は触ったけど止められないPKが2本あって、サドンデスになって止めた感じだったので、『もっと早めに飛ぶ』『ちゃんと弾く』みたいな“コツ”が必要だとその時に学んだことで、練習に生かしていたら結構止められるようになったので、それが自信になっていました」。 PK戦の先攻は大成。1人目のキックは速いボールで左へ。「『強いのが来る』と思っていたので、『そこまでコースに来ないかな』と考えていたら、思ったより速いボールが来て、反応できなかった感じでした」。海老澤は中央にとどまったまま、軌道を見送る形になる。 東京実は1人目が失敗し、1-2で迎えた大成の3人目。守護神は思考を巡らせる。「1本目を正面にいて止められなかった時に、『ああ、これはやめた方がいいかな』と思ったんですけど、感覚とはちょっと違う何かを感じて、『何となく来るかな』と思いました」。キックは中央。動かなかった海老澤は冷静にボールを弾き出す。 「『真ん中もあるぞ』とはGKコーチから言われていて、私も『見て止める瞬間もちゃんと作れ』とは言っていたので、そこで駆け引きしたんだと思います。でも、あとはエビの力ですよ」(森監督)「今まで真ん中で止めたことはなかったので、『当たって良かったな』という感じです」(海老澤)。間違いなく五感は研ぎ澄まされていた。 それ以降は全員がキックを成功させ、3-3というスコアで、大成の5人目がスポットへ向かう。1つ、深呼吸。守護神は思考を巡らせる。「軸足とかいろいろなところを見つつ、あっちに飛んだ感じです。自信はありました」。 自分の左へ飛んできた軌道を、渾身のセーブで捻じ曲げたが、派手なガッツポーズは繰り出さない。「ドンピシャと言えばドンピシャという感じでしたね。でも、まだウチのキッカーが1人残っていたので、あまり感情を出さないようにと考えていました」。5人目のキッカーを務めるキャプテンのMF高井哲平(3年)にすべてを託す。 「エビが止めた分、プレッシャーはのしかかってきましたけど、『ここで外したら男じゃないな』と思いました」。重圧をはねのけ、勝利を決めるキックを叩き込んだ高井が、殊勲のゴールキーパーの元へと駆け寄ると、2人ともあっという間に全力でダッシュしてきた他の選手たちの輪の中に飲み込まれていく。 「ほとんどの人は大成が勝つと思っていたのはわかっていた中で、片山(智裕)先生も『勝てるぞ』と言ってくれて、結果として勝てたので満足感はあります。勝った時は勝手にポロッと涙が出てきてしまいました。たぶん嬉し涙は初めてだと思います。結構みんな泣いていましたね(笑)」。嬉し涙の守護神と、嬉し涙のチームメイト。オレンジの歓喜が夕闇に包まれたグラウンドに響き渡った。 入学前からこのチームのことは、イメージとして持ち合わせていたという。「親同士も知り合いのゴールキーパーの人が東京実業にいて、その代も西が丘に行っている代なんですけど、その時の試合も見て『強いチームだな』とは思っていました」。今度は自分があの時に見ていた西が丘のピッチに立つ番。モチベーションはもう十分に満ちている。 「チームの雰囲気や自分のプレーにも課題はあったので、この2週間で改善しつつ、準決勝でも良いパフォーマンスができたらなと思っています。相手も帝京で強いので、楽しみですね」。 東京実にとっては、過去4度に渡って跳ね返されている準決勝での初勝利を懸けた、正真正銘のビッグマッチ。待ち焦がれた西が丘のステージで新しい歴史を築くためには、この日に見せたような海老澤光の圧倒的なパフォーマンスが絶対に欠かせない。 (取材・文 土屋雅史)