なぜヴェネチア・ビエンナーレ日本館で本格的なファンドレイズが行われたのか? 大林剛郎 × 田口美和 × 牧寛之 インタビュー
ヴェネチア・ビエンナーレ日本館の課題
──今回の第60回ヴェネチア・ビエンナーレの日本館において、みなさんが協賛を決断された理由を教えていただけますか? 田口美和:私は過去5回ヴェネチア・ビエンナーレを見てきて、そのたびに日本館のプレゼンスの低さについて、思うところがありました。オープニングではどこの館も祝賀会を盛大に開催し、ある意味国際的な文化力を誇示する「覇権争い」の場でもあるわけですが、日本館には日本政府が介入しないので、参加作家やその所属ギャラリーが、裸一貫で対応しなければならないんです。そういったところに、日本における文化の立ち位置の低さや、日本国民の意識がシンボライズされてしまっている。もっとミニスターなどのキーパーソンが出席し、ネットワークの広さを示して、国をあげてアーティストを応援しているという姿勢を押し出していかねばならないと思います。今回、私は大林さんを筆頭に皆さんが準備してくださった仕組みに乗っただけなのですが、この取り組みがそうした状況に一石を投じ、根本的に変える動きにつながるものになるということはすぐにわかりました。 大林剛郎:ヴェネチア・ビエンナーレというのは、あらゆる芸術祭の頂点と言っても過言ではありません。スポーツで言うならば、まさにオリンピックのようなもので、ここに出ていくからには、やはり最高のものを出していかねばならない。ですが以前から、ヴェネチア・ビエンナーレの日本館については、出展作家やキュレーターの渡航費を含めた諸費用や制作費などの予算が非常に限られているという話を聞いていたので、支援をさせていただこうと。 ただ、その金額が多ければ良いかというと、そう単純でもない。重要なことは、田口さんも懸念していらっしゃるように、政界、経済界から一般まで、もっと皆さんに関心を持ってもらうことです。日本において現代美術というのは、印象派や日本美術といった根強い人気を誇る分野と比較すると、やはりまだまだ展覧会の動員数の確保に苦労をしています。ゆえに、美術館も現代美術を敬遠するという悪循環に陥ってしまう。現代美術をもっと知ってもらうためには、ひとりでも多くの方に、展示を実際に見てもらうこと、あるいはなんらかのかたちで参加してもらうということが大切です。 牧寛之:そうして参加することの意義は、今回のビエンナーレで身をもって体験しました。ヴェネチア・ビエンナーレのことを愛知県美術館館長(註:当時)の拝戸雅彦さんから教えていただいたのち、私が師事する大林さんがその支援プロジェクトの音頭を取られていると知り、これはぜひとも貢献しなければと参加を決めて。当初はもっと軽く考えていたのですが、実際に現地で各国のアート関係者と交流するうち、世界のアートコレクターにおけるヴェネチア・ビエンナーレの位置付けは日本とは明らかに違い、パトロングループに入ること自体が大変な名誉であり、ハードルもとても高いということを知りました。この経験が、ヴェネチアから帰国後、海外のアート関係者とお話する際、引き出しや名刺代わりにもなりました。アートコレクター1年生の私にとっては大変な財産です。 大林:ヴェネチア・ビエンナーレの日本館を主催している国際交流基金に過去の寄付の受領歴について聞いてみたところ、体制上の制約もあり、ビエンナーレで十分なプレゼンスを示す活動をするための資金が足りていなかったようです。そして国の予算で足りない部分は出展作家の所属ギャラリー等が資金集めを行い、なんとか補填していたと。 ですので今回、私はまず、国際交流基金を説得することから始めました。支援という行為を通して、より多くの人に関心を持ってもらい、1万円でも寄付してくれた方々を大切にする。そうして関係人口を増やすことが結果的にアートファンも増やすことにもつながるということにご理解をいただき、実現と相成りました。