『虎に翼』の脚本家・吉田恵里香と『恋じゃねえから』の漫画家・渡辺ペコが対談! 彼女たちが“透明化されている人々”をエンタメで描く理由
日本史上で初めて法曹界に飛び込んだ女性の史実を元に作られ、9月に終了した連続テレビ小説『虎に翼』の脚本家・吉田恵里香さん。新しい夫婦の在り方を問う『1122(いいふうふ)』がPrime Videoでドラマ化、また『恋じゃねえから』では、創作の持つ暴力性や、大人と未成年の恋愛などに切り込んだ漫画家・渡辺ペコさん。二人の作品からは、現代に横たわる性差別などの社会問題を、自然と作品に盛り込んでいるという共通点がある。作品を創作する時に、どこまで社会問題を意識しているのだろうか。対談でたっぷり語ってもらった。 【写真】夫の透が性加害をした事実をだんだんと見過ごせなくなる妻の紅子。『恋じゃねえから』5巻より ※記事内には、ストーリーの展開に触れている箇所があります。
吉田恵里香さん(左) 神奈川県生まれ。日本大学芸術学部卒業。連続テレビ小説『虎に翼』(2024)、ドラマ『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(2020)、『生理のおじさんとその娘』(2023)、映画『ヒロイン失格』(2015)、『センセイ君主』(2018)など、さまざまな映像作品の脚本を手がける。ドラマ『恋せぬふたり』で第40回向田邦子賞を受賞。 渡辺ペコさん(右) 北海道生まれ。「YOUNG YOU COLORS」にて『透明少女』(2004)で漫画家としてデビュー。『ラウンダバウト』(2009)が第13回文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に選ばれる。その他の著書に『1122(いいふうふ)』( 2020)、『にこたま』(2010)、 『ボーダー』(2013)、『変身ものがたり』(2013)、『おふろどうぞ』(2016)などがある。モーニング・ツーにて連載した『恋じゃねえから』完結巻が2025年2月に発売予定。
◆社会的なテーマを作品に取り入れたきっかけ ――二人の作品には、結婚という制度についての疑問や、女性が置かれている理不尽な立場に対する視線が描かれるなど、社会的なテーマがあるように感じます。普段から意識して作品に取り入れているのでしょうか? 渡辺ペコ(以下、渡辺) 私は漫画家デビューして20年になるのですが、どちらかというと、連載している雑誌の中で浮かないように、あるいは、読者に受け入れられるように、ということを意識していました。「社会的な視点がありますね」と言われるようになったのは最近のことで、『1122』以降です。 吉田恵里香(以下、吉田) 私は、ラブコメや恋愛ものが書きたくてこの世界に入ったんです。当初は向田邦子さんのように、恋愛の機微を描きたいと考えていました。でも、突き詰めていくと恋愛っていろんな方向に分岐しているのに、描かれていないものが多いな、と思い始めて。今のように社会的なことを書くようになったのは、『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』という、BLドラマの脚本を担当したことがきっかけ。この中で、他者に対して恋愛感情を抱かないキャラクターを描いたことが制作陣に響いて、アロマンティックやアセクシャル(※)の人を描いたドラマ『恋せぬふたり』につながり、それが『虎に翼』へと続きました。 渡辺 私は女性向けの漫画雑誌でデビューしたので、「恋愛と仕事」がメインテーマでした。ただ、世の中には「恋愛の物語」がたくさんあるのに、これ以上必要なのかなという思いもあって、表向きはカップルの体裁をとりながら、家族の問題を描くことが多かったです。家族は社会の最小単位なので、自然と社会的な問題を扱う方向に進んでいきました。 ※アロマンティックは他者に恋愛感情を抱かない人、アセクシャルは他者に性的に惹かれない人。 吉田 漫画家さんって、映像作品とは違って、自分で全部制作するじゃないですか。責任をすべて一人で背負う大変さと自由さがありますよね。脚本家は、そもそも社会的なテーマを「書ける機会」を作ってもらわないと成り立たない。自分のやりたい企画ができる人は限られているのではないでしょうか? だから、完全に好きなように書くよりも、ある程度の枠組みがあったり、誰かにテーマを投げてもらったりするほうがいいのかな、と悩み中です。 ――『虎に翼』も、誰かにテーマを投げてもらったからこそ書けた、という部分もあるのでしょうか? 吉田 朝ドラの脚本を執筆することが決まって、最初はオリジナルの企画を出したのですが、通りませんでした。確かに、朝ドラ未経験の私に、半年間に渡って脚本を任せることを考えたら、企画が通らなくて当然なんですよね。それで、プロデューサーに朝ドラのモデルを探していただいた時に、一番輝いて見えたのが三淵嘉子さんだったんです。 ――渡辺さんは、社会的なテーマを扱う漫画を描く時に、どのようにリサーチされているのですか? 渡辺 テーマが決まって、さあ調べるぞということはないんですけれど、自分の想像力や知識だけでは足りなくなるので、補足的にどんな事例があるかを調べます。『1122』の時はある程度、自分が思ったことで描いていけました。それでも、世の中にはどんな夫婦がいるのか、同世代の夫婦が仲良く見えたとしても、実際にはどんな感情を持っているのかわからないので、アンケートを取ったこともありました。 『恋じゃねえから』の場合は、性被害にあった人々を描くので、当事者の方に話を伺ったり、関連した本を読んだり、自分や知人が経験したことも入れて、嘘のないようにと考えて描いています。 ◆アートやエンタメ業界の搾取の構造に向き合う ――『恋じゃねえから』の中では、性加害をしたアーティストが作った芸術作品の背景を知らずに、その作品や作家に憧れを持つ若い女性の姿も描かれていました。こういったキャラクターを入れることで、性被害にあった人だけでなく、知らずに二次加害に加担している人の姿も見えるようになっていると感じました。 渡辺 映画や小説、写真の中には、賞賛された作品でありながら、その背景には傷ついている人がいた、という事例もあります。作品に対する賞賛の声が大きければ大きいほど、「芸術的な視点がわからず批判しているのは野暮だ」と言われたり……。でも、本当は違和感があるのに受け入れなければならないと思うことが、性的な搾取やハラスメントの構造を作り上げているのではないでしょうか。 例えば、芸術家のある作品に性の搾取の構造があったとして、私が実際に仕事で関わった場合に「これはないんじゃないですか?」と、言えないかもしれない。そんな自分自身に対しての怖さもあったので、漫画の中で二次加害に加担している人物を描きました。 ――今までは怖くて声をあげられなかったことって、世の中にはたくさんあると思います。声をあげるという責任については、どのように考えていますか? 吉田 声のあげ方についてはすごく悩みます。誰かのキャリアに影響が出る場合もあるし、センシティブで勝手に公にしてはいけないこともあるので、直接声をあげられない状況も多い。だからこそ、作品で声をあげることは必要だと感じています。作品をきっかけに、誰かを踏みとどまらせることができるかもしれない。こうして取材を受ける時も、嫌われてもいいから責任を持って発言していきたいですね。 ――吉田さんはよく「透明化されている人に光を当てたい」と発言されていますが、渡辺さんにも共通する考えなのではないでしょうか。 渡辺 最近描いている漫画に関しては、声を大きくあげられない人、透明化されている人を描こうというよりは、見るからに傲慢ではないけれど、実は傲慢な人たちを描こうという意識が強いです。誰かにとって都合のいい構造をクリエイティブなことだからと賞賛したり、わかったふりをしてしまう。そういう傲慢さを描くと、自ずと透明化されている人が見えてくるのかな、と。 吉田 私は『恋じゃねえから』に出てくる紅子さんが気になっています。紅子さんは、彫刻家であり、少女の裸を作品にしたことで性加害をしたアーティスト・今井透の妻でマネージャー。表面上は成功した女性であり、加害者のパートナーなので、最初は感じが悪いキャラクターとして偏見で見ていた部分もあったんです。でも、紅子もだんだんと、夫の加害性を見過ごせなくなっていく。加害者と関わる人物や背景の描き方もすごく丁寧ですよね。