『虎に翼』の脚本家・吉田恵里香と『恋じゃねえから』の漫画家・渡辺ペコが対談! 彼女たちが“透明化されている人々”をエンタメで描く理由
◆『虎に翼』の魅力あふれるキャラクターが生まれた背景 渡辺 そう言ってもらえてうれしいです。私は『虎に翼』を観て、ひとりの人間の時間軸の変化を書くのも、脚本家の力の見せ所だと感じました。登場人物たちの人生が折り重なっている織り物のように立体的で。ドラマにおいて、この週ではこの人に光を当てようと、吉田さん自身が考えられていたんですか? 吉田 明律大学女子部で出会う4名と轟、寅子の兄嫁である花江にはモデルがいないんですけれど、最初の企画書に、オリジナルのキャラクターとして提案していました。朝鮮半島から法律を学びに日本に来た崔香淑を書く時には、当時の日本と朝鮮の関係性について調べることが多かったです。彼女のキャラクターや背景は、考証の先生の力添えもあって、私だけの力で書いたものではなかったですね。 渡辺 そんな登場人物たちの性格や背景の設定、組み合わせに迷ったりはしましたか? 吉田 キャラクターに関しては、女性が抱えているものを下敷きに、わりとすんなり決まりました。ただ、彼女たちがどのようなゴールを迎えるかは、書きながら変わっていったところもあって。特に夫と子どもがいて、法律を学びに大学に通っていた梅子。彼女は家庭の中で弁護士の夫や義母、末っ子を除く息子たちからも蔑まれているという、辛い立場にあったので、もっと早く離婚させたかったんです。でも、当時の法律では、夫側が「子どもはいらない」と言うまで、妻側が親権を得ることができなくて。梅子がシングルマザーになるという道筋も考えたのですが、「よき母」「子どもを愛する母親」というものを書きたくなかったので、練り直しました。 ――梅子が法律を駆使して、家族と訣別するシーンは反響が大きかったのではないでしょうか。他にも変わっていったキャラクターはありましたか? 吉田 他に大きく変わったキャラクターに玉がいます。彼女は華族令嬢の桜川涼子の付き人だったのですが、後に二人の間には友情が芽生え、共同で喫茶店を経営することになるなど、切っても切れない関係性に。これは、玉の表情などが繊細に切り取られている完パケ映像を見て、脚本を変えました。 渡辺 寅子の恵まれた家庭環境や、周りの人にも好かれる性格を、‟まぶしすぎる”と感じる人もいると思うんですね。『虎に翼』はいろんな背景を持つ登場人物がいることで、さまざまな方向性のゴールに辿り着いていた気がします。特に、私はよねが大好きでした。 吉田 よねは人気がありました。私がもし実在のモデルがいないオリジナルヒロインで朝ドラを書くならば、よねを主人公にしたと思います。でも、今回は、寅ちゃんのように恵まれた人にしか救えない人もいることを書きたかったんです。私自身も、寅ちゃんが何もかも解決していく話だと、まぶしすぎて見ていられなかったので、寅子を、“いい人だけれど利己的な部分もある”という、ぎりぎりのライン上にいる主人公にしたつもりです。 渡辺 寅子は年を重ねるうちに、見えないことや配慮のないところも出てきて、周囲から怒られることもありましたね。 吉田 『恋じゃねえから』の主人公・茜も、愛情深い家庭で育ち、結婚して円満に見えるという面では寅子と似ているけれど、40代の現在は、精神的に不安定なところもあって、そこがリアルだと感じました。 渡辺 私は、自分ではどうにもできないところで持ち得る‟力”は、人によって違うと考えています。例えば、帰れる実家があったり、頼れる両親がいたり。そういう持っているもののゲージを常に意識しています。私が描きたいのは、そのゲージが少ない人が、どうやったら少しでも元気に生きていけるのかということ。彼らが元気に生きていくための方法として、物語の中に多いのが‟新しい家族”や‟理解のあるパートナー”など、恋愛によって救われるフィクションです。それもありだとは思いますが、私個人としては、恋愛に頼れない人、救われない人がどうやって生きていけるのかに関心があります。 ◆次につながる前例を『虎に翼』で作りたかった ――二人の作品には、人が持っている特権性に切り込んでいるという共通点もあるのでしょうか? 吉田 自分が当事者ではない脚本を書くことが多いので、理解者のような顔をしてはいけないと思っています。『虎に翼』を書いている時に、そのことを改めて実感しました。フィクションは、“被害者・理解者・敵”の構図になりがちですが、主人公も何らかの加害性を背負わないといけないのではないか?という意識を、ここ1~2年は持っています。 ――『虎に翼』や『1122』がドラマとして広く観られたり、漫画『恋じゃねえから』の反響を見ると、こうした作品が世の中に求められていると思います。それを観たり読んだりした人たちが、気軽に社会問題について語れるようになるといいな、と。 渡辺 私自身は今、描きたい漫画が描けているのですが、もっと社会的なテーマや多様な人々を描いた作品が、世の中に増えるといいですよね。 吉田 実は『虎に翼』を始める時に、次にいつ朝ドラの脚本を書く順番が回ってくるかわからないので、後悔がないように、なるべくいろんなテーマを入れ込もうと決めていました。ドラマを作る際に、前例がないということで、企画が却下されることって多いんです。でも、『虎に翼』で、多様な人々の姿を書いているので、もし誰かの企画が却下されそうになったら、「こういうテーマは『虎に翼』でもやってましたよ」と言って、どんどん使ってもらいたい。 ――それは、いい前例になりますね。もっと世の中に、多様な女性像を描いた作品が増えて欲しいです。 吉田 『恋じゃねえから』を読んだ時、1巻の冒頭シーンで、主人公の茜が自分の入れ歯を洗っている場面があって、印象に残りました。それも、多様な女性を描くことの一つですよね。 渡辺 漫画の中の女性って、美しく描かないといけないとされてきたけれど、そうじゃなくてもいいのではないか、という気持ちがあって。現実にもいろんな人がいるのに、きれいな人だけを描きたくないと感じています。40歳の茜と同年代で、入れ歯やウィッグの人だっているでしょうし、そういう人が登場すれば、読者も、だんだん自然に受け止められるようになるんじゃないかな。 吉田 最近だと、小泉今日子さんと小林聡美さんが団地で暮らす50代の独身女性を演じる、『団地のふたり』がすごくリアルで面白い。私もこういうテーマでいつか書いてみたいと思いながら観ています。 photography: Kaho Yanagi interview & text: Michiyo Nishimori