なぜ槙野智章の値千金”同点恩返し弾”が生まれたのか…浦和敵将「嫌な入り方をした。君はやはりストライカーだ」
コロナ禍でブーイングはかなわなかったが、試合前のウォーミングアップ時やメンバー発表時には温かい拍手が降り注いだ。迎えたキックオフ。多少はメンバーが入れ替わっているとはいえ、喜怒哀楽を共有してきた仲間たちが眼前に立ちはだかった。 「率直に強いな、守っていて嫌だなというのが対戦してみての感想ですね。成熟されているし、ボールの動かし方を、どうすれば相手が嫌がるかを、ピッチ上でプレーする選手たちがわかっている。ただ、相手に退場者が出てからは自分たちも落ち着いてゲームを進められたし、ボールを動かすこともできた。前がかりになってゴールを奪いにいく姿勢を見せ続けた結果が、最後のゴールにつながったのかなと思っています」 槙野にとって青天の霹靂だった退団は、昨シーズンから指揮を執るロドリゲス監督のもとで、断腸の思いとともに進められた世代交代の一環でもあった。 「リカルドからはふざけ合いながら『フォワード、ストライカー』とよく言われてきたので。今日も『嫌な入り方をした。やはりお前はストライカーだ』と言われました」 J1通算46点目をめぐって、槙野は試合後にロドリゲス監督とこんな会話も交わしている。振り返れば浦和で決めた最後のゴールも、天皇杯優勝を決めた昨年12月の大分トリニータ戦の後半アディショナルタイムの劇的な決勝ゴールだった。 天皇杯決勝を最後に槙野とともに12年間在籍した浦和を退団し、J3のFC岐阜へ移籍したDF宇賀神友弥(33)も試合に見入っていたのだろう。同点弾とほぼ時を同じくして自身のツイッター(@ugadybarikata3)を更新。そのなかでこう呟いた。 「ほんとすごい男だわ槙野。」 ゴールだけが「すごい」の対象になったわけではないはずだ。本来ならば4月16日もしくは17日に行われる第9節が、集中開催されるACLと日程が重複するために、出場チームに限って天皇誕生日である23日に大幅に前倒しされた。 昨シーズンのJ1で6位だった浦和は、天皇杯優勝チームとして最後の4枠目の出場権を得ている。つまり槙野のゴールがなければ、開幕早々にこのカードは組まれなかった可能性が高い。クラブ史上で最高位となる3位に食い込み、ACLプレーオフへの出場権を得た神戸を新天地に選んだ決断を含めて、すべてがこう語る槙野を中心に回っている。 「今後の浦和レッズの幸運を祈っていますし、僕たちも浦和レッズに負けないぐらいの力強さを見せて、タイトル獲得へ向けて頑張っていきたい。開幕戦も今回も2失点しているので、まずはゼロに抑える試合をしなければいけないですね」 ノエビアスタジアム神戸にアビスパ福岡を迎える、26日のホーム開幕戦をみすえた槙野は試合後、スタジアム内を回りながら感謝の思いを捧げ続けた。そして、最後に旧知のサポーターを見つけたのか。こんな言葉を残してロッカールームへ消えた。 「持っていますから」 凱旋試合で決めた“恩返し弾”は、昨シーズンはゼロだった連敗の危機から神戸を救った。自らを「サッカー界のお祭り男」と呼び、熱いプレーと明るいキャラクターで「槙野劇場」を展開してきたベテランは、新天地・神戸を早くも自分の色に染めつつある。 (文責・藤江直人/スポーツライター)