なぜ槙野智章の値千金”同点恩返し弾”が生まれたのか…浦和敵将「嫌な入り方をした。君はやはりストライカーだ」
稀代の司令塔がいるからこそ、5分あれば点を取れる確信があった。左右から何度もクロスを放って浦和を押し込みながら、槙野はアンカーのセルジ・サンペール(27)と日本代表で何度も共闘したMF山口蛍(31)へ、こんな言葉をかけていた。 「タイミングがいいと判断したら、僕も前へ上がるから」 迎えた後半39分すぎ。斜め右前方にいた右サイドバック酒井高徳(30)へパスを出した流れで攻め上がった槙野は、そのまま最前線に残った。いよいよ勝負をかけるときが来たと判断した直後に、イニエスタが理想的な状況でパスを受けた。 ペナルティーエリアの左角付近。イニエスタへボールを預けた直後に縦へ抜け出した左サイドバック初瀬亮(24)の動きに、日本代表DF酒井宏樹(31)がつられた。わずかな時間ながらノーマークになったイニエスタが、体の向きを浦和ゴールへ変えた。 それまでの槙野は昨シーズン途中に自身からポジションを奪った、デンマーク出身のDFアレクサンダー・ショルツ(29)にマークされていた。しかし、イニエスタが余裕を持って右足を振り抜いた刹那に、ゴール前の状況が大きく変わった。 警戒されたのは前半10分に先制点をあげたFW武藤嘉紀(29)。DF岩波拓也(27)とショルツで挟み込むように武藤がマークされ、必然的に自由になった槙野がショルツの背後、死角の位置に回り込み、右ゴールポスト付近へ走り込んでいった。 一連の動きをすべて把握した上で放たれたイニエスタのクロスは、岩波、武藤、ショルツの頭上を越えて急降下。完璧なタイミングで槙野の頭にヒットした。 そのままゴール内になだれ込み、その後にジャンプしながら右腕を突き上げるパフォーマンスを見せるも着地に失敗。つんのめって前へ転ぶ“オチ”もつけた槙野は、劇的な移籍後初ゴールまでの動きに「想定通り」と胸を張り、そして笑った。 「クロスでほとんど決まったようなゴールですけどね」 イニエスタの広い視野と卓越したパスコントロール。そして、相手ゴール前の密集地帯でフリーになった槙野のストライカー顔負けの動き。起死回生の同点弾には技術的な要素に、早々に実現した凱旋試合にかけてきた槙野の特別な思いも融合されていた。 前泊したホテルから埼玉スタジアムへと向かうバスの窓越しに、槙野は万感の思いを込めながら、昨シーズンまで10年間も通い続けた町並みを眺め続けた。 「今か今かとスケジュールを逆算しながら、この日を待ち遠しく待っていました。とにかく楽しみにしていた一戦でしたし、慣れ親しんだ埼玉スタジアムで、よく知っている仲間やファン・サポーターの前で、ピッチに立っている元気な姿を見せたかったので」 実質的な戦力外を通告され、愛着深い浦和を昨シーズン限りで退団した。一時は涙に暮れ、現役続行か否かを真剣に考えた時期もあった。神戸からのラブコールに心を奮い立たせ、新天地を決めた直後に槙野はこんな言葉を残して旅立った。 「敵として埼玉スタジアムで戦うときには、大きなブーイングで迎えてほしい」