人から頼まれた仕事だけして死ぬのはイヤだ…プロの写真家(34)が1000万円を雑誌づくりに注ぎ込んだワケ
■自分の仕事を社会に響かせたい 小田さんが独立したのは2017年。現在は、雑誌・広告を中心とした人物撮影が収入源だ。「撮影の仕事だけで、生計は立てられています」と話す小田さんだが、なぜ雑誌の制作を始めたのか。 「仕事をする上で、『いかに人を喜ばせるか』『自分の作品をどう残すのか』といった軸を持っている人は、カメラマンやアートディレクターには多いのではないでしょうか。 例えば、仕事を共にするクリエイティブ業界の先輩たちは仕事で成功して裕福になっても、夜の店で豪遊してモテようとしたりするなど刹那的な快楽で満足する人は少数派な気がします。一時の欲で過度な消費活動をするのではなく、創作に打ち込む。面白いのは、いい仕事をする人ほど作品作りにお金と時間をかけ、それが結果として経済的な成功にもつながっていました。 そんな先輩たちを見て学び、自分も『余裕が生まれたら、人に頼まれた仕事以外に、世に問いたい、何か残したい』と考えるようになっていきました」(小田さん、以下同) そうした思いから、商業活動だけでなく、写真集や写真展にも取り組んでいた小田さん。一方で、もどかしい思いも感じていた。 ■持っているスキルが活用できる場 「一握りの歴史に名を残すような有名カメラマンを除くと、あるカメラマンの写真集や写真展に興味を持つ人は、音楽などと比べると非常に限定的だと思います。もちろんアートとして手掛けているので、それが悪いことだとは思いません。アートとしての写真に向き合うことだけで社会に響く何かを生み出せるのか。自問自答しつつ、空転しているような感覚があったのも事実です」 そんな中、本業で付き合いがあったラッパーと話していてヒントが見つかった。 「ヒップホップ業界は2000年代の後半から2016年くらいにかけて『冬の時代』を迎えていて、正面から扱う専門誌がなくなってしまいました。 それに『ラッパー=アンダーグラウンド、危ない』といった認識を持っている人も、残念ながらまだいると思います。しかし、彼らと接してみると印象はガラッと変わりました。ヒップホップのコアなカルチャーであるユニティー(連帯)を重視して、仲間思いの人が多いし、『嘘をつかない』『約束を守る』『自分らしく生きる』といった、当たり前といえば当たり前のことを自然に行っている人がほとんどでした。一般の方よりも、信頼できるな、義理堅いなと感じましたね。もちろん、私が知っている範囲の話ですが」 自らの生き様を歌うのがヒップホップだからこそ、良くも悪くも、正直な人が多い。そう小田さんは話す。 そんなヒップホップ業界やラッパーの生き様が、専門誌の消失によって社会に部分的にしか伝わっていないことにもどかしさを持っていたという。 そこで、自身のカメラマンスキルを生かしつつ、今まで仕事を共にしてきたアートディレクター・編集者・ライター等の仲間たちに声をかけて、ヒップホップのことを伝えるメディアを立ち上げたいと決心した。