RSウイルス予防、新たな医薬品続々…「一番危険な時期の感染防げる」ワクチンも 費用負担には課題
2歳までにほぼすべての子どもが感染する「RSウイルス」。発熱やせきなどの風邪症状をもたらすが、初めて感染する乳児は肺炎や気管支炎を起こして入院が必要になることも少なくない。有効な治療薬がない中、今年に入ってワクチンなど予防のための医薬品が相次いで登場した。普及により重症化を防ぐ効果が期待されている。 【写真】妊婦に接種するRSウイルスワクチン「アブリスボ」 「新型コロナ流行期で家庭内の感染対策もしていたが、上の子から赤ちゃんにうつってしまった」。大分県に住む女性(35)は3年前、生後3カ月の長男がRSウイルスに感染したときのことを振り返る。幼稚園に通っていた長女にせきが出て、RSウイルスの感染が判明した数日後、長男にも症状が出始めた。 最初は軽いせきだったが、急激に悪化し、ひどいせきで眠れず、母乳も飲めない状態に。深夜に駆け込んだ救急病院で血中酸素濃度が低下して呼吸困難になっていると分かり、そのまま入院することになった。 RSウイルス感染症には有効な治療薬がなく、酸素吸入や点滴など対症療法しかない。「泣く元気もない子を見守るしかできないのがつらかった」。退院できたのは1週間後。付き添い入院中は食事や睡眠もままならず、自身も体調を崩してしまった。 □ □ 「赤ちゃんにとっては、新型コロナやインフルエンザよりも怖いウイルスだ」。日本小児感染症学会の理事長で、小児科医の森内浩幸・長崎大教授は指摘する。 RSウイルスは、せきやくしゃみの飛沫(ひまつ)で感染する。健康な大人が感染しても軽い風邪症状で済むが、生後間もない乳児や心臓などに持病のある場合は重症化しやすい。国内では2歳未満の子どものうち年間約12万~14万人が診断され、その4分の1が入院すると推定されており、毎年死亡例も出ている。 森内教授は「肺は2歳ごろまで発達途上にあり、この時期に炎症を起こすとその後ぜんそくを発症しやすいなど後遺症も残る」と説明する。感染予防が重要となるが、これまで予防のための「シナジス」という抗体製剤は、早産児や基礎疾患のある子にしか使えなかった。 □ □ そんな中、5月末に発売されたのが米ファイザー社製の「アブリスボ」だ。子ども向けのRSウイルス対策としては初のワクチンで、子ども本人ではなく妊娠24~36週の母親に接種する。胎盤を通じておなかの赤ちゃんに抗体をうつすことで、出産後から生後6カ月まで予防効果が続く。 日本を含む18カ国の妊婦7千人超を対象にした治験では、ワクチンを接種した人の赤ちゃんは生後6カ月までに肺炎、気管支炎で病院を受診した例が半分以上減った。注射部位の痛みや筋肉痛といった副反応が見られたが、早産や低出生体重など赤ちゃんへの影響について統計的な差は認められなかった。 熊本市の福田病院では発売日から接種を開始。河上祥一病院長は「一番危険な時期の感染を防ぐことができるワクチンは、母親から赤ちゃんへ贈る最初のプレゼントだ」と語る。 費用は全額自己負担となり、医療機関によるが3万円前後。費用負担に加え、ワクチンの認知度が低いことや、妊娠中のワクチン接種への抵抗感などからあまり広がっておらず、同院での接種は妊婦の5%程度という。河上病院長は「RSウイルスの怖さやワクチンの効果と副反応について正しく理解し、接種を検討してほしい」と話す。 □ □ 5月は仏サノフィ社などによる新たな抗体製剤「ベイフォータス」も登場した。従来のシナジスは流行期間中、毎月1回注射する必要があるが、ベイフォータスは1回の注射で効果が得られる。すべての赤ちゃんが対象だが、保険適用されるのは重症化リスクの高い乳幼児のみだ。 森内教授は「RSウイルスで入院するほとんどが基礎疾患のない子たち。こうした子たちへの予防策ができたことは非常に大きい」と歓迎する。米国ではアブリスボやベイフォータスを無料で接種できる場合が多く、乳児の入院を大きく抑制する効果が出ているという。 RSウイルス感染症は基礎疾患を抱える高齢者でも重症化リスクが高く、今年に入って主に60歳以上を対象とした「アレックスビー」というワクチンの接種も始まった。また妊婦対象のアブリスボは60歳以上も接種対象としている。 予防接種費用を公費で支援する定期接種化については、厚労省の専門部会が今春から議論を始めた。森内教授は「重症化を防ぐことは患者や家族だけでなく、医師の負担を減らし、医療費削減にもつながる。ワクチンや抗体製剤を公費で打てる仕組みを早急に整えるべきだ」と話した。 (新西ましほ)