わざわざ東京から行く価値アリ!福井・三国湊の名店『魚志楼』の「甘海老天丼」はなぜ旨いのか
いや、別にセンチメンタルな表現をしたいわけではないのです。実際、通りをゆく人が極端に少ないせいで、ものすごく哀愁たっぷりに感じるのです。何しろ、投宿した宿から『魚志楼』に歩いて向かう15分ほどの道中、人間はおろか、野良猫一匹にすら遭遇しませんでした。でも、これがいいんです。 三国湊には江戸~明治期のレトロな建物が多く、海っぺりで潮の香りが濃いことも相まって、知人と二人で通りをトボトボ歩いているうちに、どこか別世界に迷い込んでしまったような、ちょっと不思議で幻想的な気分に浸れました。
有形文化財にも認定された『魚志楼』で甘海老天丼をいただく
そんなこんなで『魚志楼』に到着です。このお店、かつて井原西鶴が「北国にまれな色里あり」と評した三国湊を代表する花街・出村と呼ばれる界隈にあります。築100年、国の有形文化財にも指定されている町屋風の建物は、もともとは遊女の置屋だったそうで、言われてみればどことなく艶っぽい、独特の空気が漂っています。
外には人っ子一人いなかったけど、ここには果たして人はいるんだろうか……やや不安に駆られながらこわごわ扉を開けると、何組かのお客さんで賑わっていてホッ。カウンターはすでにいっぱいだったので、小上がりのお座敷に案内されました。頼んだのは、もちろん「甘海老天丼」(1320円)です。
風情たっぷりな店内を眺めつつ、しばらく待っているうちに、お待ちかねの甘海老天丼が運ばれてきました。ビジュアルは、まさしく事前に見て想像していた通り。 「ドーンと大海老が一本」みたいな“ドヤ顔系天丼”が幅を利かせる昨今、5尾の小ぶりな甘エビが互いに寄り添い合い、卵の布団をかぶって休んでいるような見た目が、まずなんとも可愛らしい。5尾は姉妹だと思いたいところです。
箸をつけるのもためらわれる見目麗しさですが、心を鬼にして甘エビを一本つまみあげます。そして食べてみて驚きました。こうした海老天について表現する際、「つゆの染みた衣に包まれた甘エビのプリプリの身が……」などと書くパターンが多いのですが、これはひと味違いました。 この甘エビ、実は非常に薄くて柔らかい殻をまとっているのです。つまり、1.衣(ふんわり)⇒2.殻(しゃりっ)⇒3.身(プリッ)ときて、最後に、4.絶妙な柔らかさのダシ感強めの卵とじ(じゅわっ)が嬉しい追い打ちをかけてくる。実に四段階の食感が楽しめる構造なのです。