膨大な費用、時間、手間、果てしない心労…「法的紛争は避けるに越したことない」という結論に至った元裁判官が、その方法を教えます
負担が大きく時に理不尽な紛争
長く裁判官を務めた経験からつくづく思うのは、「法的紛争の重さと大変さ」ということです。 法的紛争は実に重く、しばしば苛酷です。そして、普通の市民が出あいうる生活・取引上の危険のほとんどが、本書で論じるとおり、法的紛争に発展しうるものなのです。 先の例のAさんは、訴訟に負ければ、何千万円もかけて建てた自宅を取り壊して、義父の土地から出てゆかなければならず、加えて、使用貸借解除が認定された時点以降の賃料相当損害金をも支払わなければなりません。離婚に加えてのこのダメージは、回復不能なものになりかねません。 交通事故で夫を失った妻のかなりの割合が、貧困にあえぎ、子どもの高校進学すらままならない状況に置かれています。 刑事事件では、冤罪で、職業や社会的地位を含め築いてきたもののすべてを失う事態が、刑罰としては相対的に軽い痴漢罪のようなものについても、十分に起こりえます。 不動産売買・建築・貸借、離婚、相続、雇用、投資、医療、海外旅行等の日常生活上の事柄から思いがけない危険や紛争が生じることもままありますが、その被害の法的な回復は、決して容易ではありません。 また、法的紛争、ことにその最終到達点である訴訟は、それ自体の負担という面からみても、きわめて大きなものになりえます。 相続がらみの骨肉の争いを何年にもわたって続けている兄弟姉妹、離婚訴訟の終わりまでに互いに二度と顔も見たくないような関係になる夫婦は、たくさんいます。こうした訴訟における相互の人格を激しく傷付け合う言葉や主張の交換、相手を引き裂きたいほどの憎しみを含んだ視線の応酬には、時として、鬼気迫るものさえ感じさせられることがあります。 医療過誤に基づく訴訟や欠陥住宅に関する訴訟等の手間のかかる訴訟について、適切な弁護士をみつけることができずやむなく本人訴訟を行った人々の中には、長引く訴訟の過程で体調を崩す例もみられます。中には、一夜にして白髪になってしまった、途中で急死してしまったなどといった例さえあります。 しかも、そうしたつらい訴訟の結果として得られるのは、しばしば、相次ぐ敗訴判決であり、みずからの主張が裁判所に認めてもらえなかったという苦い思いです。そして、そうした経験からこうむった精神的な傷は、長く尾を引いて残ることになります。 さらに、大きく複雑な紛争を抱えた人の中には、最初の訴訟の結果に納得できず、別の観点から新たな訴訟を起こし、訴訟を繰り返すうちに、とりつかれたように無限ループの中にはまってしまい、人生の大きな部分を浪費するような例も出てきます。 法的紛争は、手間も費用も時間もかかり、何よりも心労が大きいのです。先のような例のとおり、生命や健康に相当のダメージを受ける場合さえありえます。