膨大な費用、時間、手間、果てしない心労…「法的紛争は避けるに越したことない」という結論に至った元裁判官が、その方法を教えます
離婚に加え、家の取り壊しまで?
次のものも、実際にあったケースです。 Aさんは、結婚後、新居を建てたいと思い、適当な土地を探していましたが、仲のよい義父から、『何も高い金を出して土地を買うことはない。空いている私の土地を使いなさい』と言われ、好意に甘えて、義父の土地に立派な家を建てさせてもらいました。 それから5年が経ち、いろいろあってAさんは妻と不仲になり、結局別れることになりました。その過程で、義父ともいさかいがあり、お互いに傷付け合うような言葉や行為もありました。妻が実家に帰った後、疲れ切ったAさんの下に、義父から『即刻の建物収去土地明渡し』を求める訴状が届きました。 このような場合、Aさんは、建物を取り壊して土地を明け渡さなければならないのでしょうか? 本書で詳しく述べますが、答えは、「その可能性はかなり高い」というものです。 不動産等の無償の貸借、つまり「使用貸借」は、法的には「非常に弱い権利」なのです。繰り返せば、裁判になれば、和解が成立しない限り、義父の請求が認められ、Aさんは、自宅を取り壊して土地を返還させられることになる可能性が高いのです。 こうした事例はかなりの頻度であり、私自身、知人を介して相談を受けた経験があります。その事例では、夫の第一審敗訴後、控訴審で、夫が相当の一時金を支払った上でその後土地を相場の賃料で賃借してゆくという和解ができたので、建物の取壊しと土地の明渡しについては、幸いにして免れたのですが。
あなたの日常にも潜む? 「法的紛争」の恐ろしさ
ごく普通の日本人にとって、訴訟や法的紛争は遠いものに感じられると思います。 確かに、訴訟の数自体は、欧米に比べれば少ないのです。制度が異なるので正確な比較は難しいのですが、人口比でみた民事訴訟件数は、アメリカでは日本の10倍以上、イギリス、ドイツ、フランスでも少なくとも数倍以上にはなりそうです。 しかし、訴訟は民事紛争解決の最終手段であり、いわば氷山の一角です。 水面下には、訴訟にまでは至らない膨大な数の法的紛争があり、それは、どの国でもいえることです。また、社会の複雑化、情報化に伴い、普通の市民が思いがけない法的紛争や生活・取引上の危険一般に遭遇する可能性も、非常に高くなってきています。 『我が身を守る法律知識』は、そうした事態を踏まえ、普通の日本人が一生の間に経験する可能性のある各分野の法的紛争、また生活や取引上の危険を避けるために、あるいはそれらに適切に対処するために必要な、法的知識や情報を説くものです。 また、あわせて、学生や若者をも含めた広い範囲の読者に、個人の危機管理のために必要な法的リテラシーを身につけていただくことをも、目的としています。 そのため、記述に当たっては、前提となる基本的な法律論、私の裁判官経験に基づくエピソードや学者としての見解をも織り交ぜつつ、できる限りわかりやすく、正確に、かつ興味深く読めるようなかたちで、語ってゆきます。 本書を通じて「紛争や危険防止のための包括的、体系的な知識」のみならず「個人の危機管理のために必要なビジョンやパースペクティブ」をも習得していただければ、経済的、精神的に大きな負担となる多種多様な法的トラブル、ことに、訴訟に発展するような大きなトラブルを避けられ、また、日常生活上のリスクをも大幅に下げられるはずです。