〈解説〉老化は44歳と60歳で急に進むと判明、何がどう変わる? 研究者がすすめる対策は
研究の限界と未解決の問題
今回の研究は多くの恩恵をもたらす可能性があるものの、いくつかの限界もあり、重要な疑問が未解決のまま残されている。 シェン氏自身が認めている1つの大きな問題点は、参加者の全員が米カリフォルニア州に住んでいるため、背景やライフスタイル、環境要因が似ている可能性が高いことだ。 また、この研究で観察された分子的な変化は、同じ人を長期にわたって追跡するのではなく、さまざまな年齢のたくさんの人々を調べて見つかった。この点は重要かもしれない。なぜなら、スナイダー氏らが以前発表した論文では、老化のプロセスは人それぞれで異なることを示していて、同じ人の老化を何十年も追跡すれば、違った結果になる可能性があるからだ。 さらに、今回の研究には75歳以上の参加者が含まれておらず、「75歳以降の老化のパターンは考慮されていないのです」とリン氏は言う。 それだけではない。今回の研究では変化の原因を探っておらず、食生活や行動の変化(例えば、ストレスの多さや睡眠の質の低下など)も考慮していない。分子的な変化の一部は、喫煙や飲酒、処方薬の服用などによって説明できる可能性があるが、こうした要因も考慮されていない。 実際、30代後半から40代前半にかけて悩みや不安を抱える「中年の危機」や、50代後半から60代前半にかけて「壮年後期の危機」を経験する人もいることが、研究で明らかになっている。この2つの年代は、今回の研究で老化が急に進むとされた時期と一致している。 つまり、「急な老化は、私たちが生まれつきもっている生物学的な特性によるものではなく、加齢に伴う心理的な変化や生活習慣の変化が原因になっている可能性もあるのです」とシンクレア氏は言う。
急な老化は防げるのか?
これらの分子的な変化の背後に何があるにせよ、「老化の根本的な原因は、すでに特定されている可能性が非常に高いと思います」と、2009年にノーベル化学賞を受賞した構造生物学者のベンカトラマン・ラマクリシュナン氏は言い、老化がもたらす望ましくない影響を防ぐために何をするべきかはよくわかっていると考えている。 シェン氏は、40代や60代に近づいたらアルコールとカフェインを代謝しにくくなってくるので、これらの摂取を控えるよう助言している。 スナイダー氏は、特にコレステロール値に注意すべきだと言う。また、40代になったら、コレステロール値を管理したり血液中のその他の脂質を減らしたりするのに効果的な薬について、かかりつけ医に相談することを勧めている。 スナイダー氏はまた、定期的な運動、「特に、筋肉量を保つためのウェイトリフティング」の重要性を強調する。さらに、加齢に伴う腎臓の問題に対処するために水を多めに飲むことや、酸化ストレスの悪影響を減らすために抗酸化物質を豊富に含む食品を多めに取ることを勧めている。 シンクレア氏は、赤肉(ウシ、ブタ、ヒツジなどの肉)や加工肉を食べ過ぎないようにし、多くの野菜と十分な睡眠を取り、ストレスを避け、太り過ぎに注意し、活動的に過ごすよう助言する。 リン氏は、レチノイドやビタミンCのような抗酸化物質を含むスキンケア製品の使用も勧めている。「コラーゲンの生成を促し、フリーラジカルによるダメージを軽減して、肌を健康に保つことができるからです」 「老化のプロセスを止めることはできません」とリン氏は言う。「けれども、今回の研究で示された分子的な変化を理解することで、生活の質を高め、より良く年齢を重ねるための対策を講じることはできます」
文=Daryl Austin/訳=三枝小夜子