「ええねん、ええねん」ダウン症の弟が、初めて稼いだ大金でおごってくれた“マクドの味”
「だれかのためにお金を使うこと」への憧れ
後日。元気になった母が車を運転し、家族で買い物に行った。 「夜ご飯どうする?」 「なんか買って帰ろうか」 弟が、「マクド」 口を挟んだ。 「えーっ、また?」 弟は、ポケットからICOCAを取り出した。 「マクド、ぼく、おかね!」 母の運転する車が、マクドのドライブスルーにすべりこんだ。こういう場合、大抵、運転席の窓をあけて、商品を買うと思うのだが。意気揚々と後部座席の窓をあけた。うちの大富豪は後部座席に乗っているから。店員さん、戸惑ってた。 「良太、ここはお姉ちゃんが払うで」 「ええねん、ええねん」 もうこれは30回以上の飲み会で、部下におごってきた課長の雰囲気だ。弟は職人であり、課長でもあったのだ。 「おごってくれるん!?」 「ええねん」 弟は顔をほころばせた。彼がこういう顔で笑うのは、けっこうめずらしい。弟は何日経っても、ゲームを買わなかった。すきあらば、家族にマクドをおごろうとしてくる。 わたしは気づいた。弟は、自分で自由に使えるお金がほしかったわけではない。だれかのために、お金を使いたかったのだ。だれかのためにお金を使うことに、ずっと、ずっと憧れていたのだ。 ドケチなわたしは忘れていた。人におごることのうれしさを。汗水たらしてゲットした初任給で、家族にラーメンをおごった日の喜びを、思い出せ、岸田奈美。 弟は、25年間も待ちわびた喜びをかみしめている。人が働く意味を、お金を得ることの意味を。その自由さも不自由さも、すべて。誰に、教えてもらったわけでもないのにね。お金をうまく稼ぐ才能より、お金をうまく使える才能のほうが、よっぽど人を幸せにするのかもね。 数日後、弟があまりにもマクドに通うことが、家族会議で問題となった。年末にせまる弟の健康診断や、作業所の仲間にマクドをおごりまくる不審なあしながおじさんと噂されるリスクを鑑みて、「ICOCAを持っていくときは母に言う。なにに使ったかは一緒に確認する」というルールが岸田家に組み込まれた。しゃーない。 ゲームは弟の誕生日に、姉が買ってやることになった。なんでや......。余談だが、胃腸が弱く、ジャンクフードをあまり食べられない母は、「良太。あのな、ママが好きなのはスタバ。スタバやで。このロゴのな、コーヒー屋や」わざわざスタバの紙コップを引っ張り出し、レクチャーに明け暮れているのだが、弟はかたくなにマクドばかり買ってくるのであった。 \ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』放送決定/ 1作目『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』のドラマの地上波放送が決定しました。 NHK総合『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(全10回) [出演]河合優実、坂井真紀、吉田葵、錦戸亮、美保純ほか。 https://www.nhk.jp/p/ts/RMVLGR9QNM/
岸田奈美(作家)