いびきで“睡眠離婚”や避難所ストレス…身近な社会問題にどう向き合うか?
夜の避難所に響き渡るいびきの音
東日本大震災の津波で被災した、宮城県石巻市の上野早苗さん(仮名、40代)は、いびきによるストレスを経験した一人だ。上野さんは2011年3月から約3カ月間、小学生の子ども2人と、市内の学校の体育館に設置された避難所で生活した。 「最初の1週間は、食料の確保や身の周りを整えることに必死でした。そもそも睡眠自体、とれていなかったと思います」と振り返る。 2、3週間経過して、避難所での生活が落ち着いてきたころ、ある音が気になりだした。消灯時間の22時を過ぎると、「グガアアアアアア」と隣のスペースから60代ぐらいの男性のいびきが聞こえた。気になりだすと、体育館のあちこちからいびきが聞こえてきた。
「一度目が覚めると、私自身が疲れ果てるまで数時間眠れませんでした」 避難所は家族ごとに高さ1メートルほどの段ボールで仕切られていたが、音が遮られることはなかった。当時小学4年生だった長女はトイレに起きると、その後は「うるさくて寝られない」とこぼした。上野さんは、避難所で配られた乾燥したウェットティッシュを丸めて耳栓代わりにしたという。 「いびきを注意しても治るものではないし、角が立ちます。自分たちだけ別の場所に移動もできません。周りのお母さんがたと愚痴をこぼし合うことぐらいしかできませんでした」と振り返る。
6月上旬、仮設住宅に移った夜は久々に熟睡できた。「ああ、これが睡眠だよなあと実感しました」 上野さんは言う。「避難所生活が長くなればなるほどストレスは大きくなります。医療関係者による、安眠のケアなどがあればストレス度合いも変わってくると思います」 前出の井上理事長も、東日本大震災時に避難所をまわり、いびきの患者にマウスピースを複数提供してきたことがあるという。
いびきに悩み自分の車で寝る被災者も
避難所でのいびき問題は、日本の避難所の劣悪さにも一因があると専門家は指摘する。 「東日本大震災時の避難所の写真を欧米で見せたら『クレイジーだ』と言われたことがあります。あれから10年以上がたちますが、今も避難所のレベルはそう変わっていないと感じます」 こう話すのは、新潟大学大学院医歯学総合研究科の榛沢(はんざわ)和彦・特任教授(心臓血管外科)だ。榛沢氏は2004年の新潟県中越地震から、災害後のエコノミークラス症候群の予防活動と全国の避難所の調査を続け、避難所の環境を改善するTKB(トイレ・キッチン・ベッド)整備を提唱している。 「日本の避難所は、雑魚寝で隣の人と近いので、いびきが聞こえてしまう。いびきをかくほうも大変です。東日本大震災では宮城の避難所で『自分のいびきで迷惑をかけたくないから車で寝ている』という被災者がいました。続けると、エコノミークラス症候群のリスクがあります」 こうした声を聞き、榛沢氏は避難所で耳栓を配った。