デジタル化 が進む社会で、アナログへの「憧れ」 に注目するブランドたち
ブランドがせっかくメッセージを発信しても、ノイズの多いデジタルチャネルのどこかに埋もれてしまいがちなこの時代において、一部のファッションブランドはアナログマーケティングの手法に回帰し、効果的なマーケティングに対する固定観念を覆そうとしている。 なかでもニッチな顧客層をターゲットにするブランドは、特にその戦略で成功を収めている。
ノーマーケティングで顧客の共感を得る
ベルギーを拠点とするファッションブランド、ヤンヤンヴァンエシュ(Jan-Jan Van Essche)は顧客の共感を得るべく、衣服の「静かなる(silent)」本質に焦点を当てていると、自らの名を冠した同ブランドの創業者は話す。 ヤンヤンヴァンエシュがフォーカスするのは、職人技が光る縫い目を最小限に抑えたミニマルシームなユニセックスウェアで、小売価格は400ドルから1200ドル(約6万円から18万円)だ。おそらく他ブランドとの最大の差別化要因は、デジタルマーケティングを一切行なわない姿勢だろう。 「我々には、マーケティング戦略も部門もない。言うなれば、『ノーマーケティング』手法だ」とヴァン・エシュ氏は言う。実際に同ブランドはインスタグラムを利用しておらず、パフォーマンスマーケティングの指標を追い求めることにも興味がない。創業14年の歴史を持つヤンヤンヴァンエシュはその代わりに、最大規模の顧客グループのひとつである日本での内輪向けのイベントなどを通じて、顧客個人との親密な関係を構築することを重視している。また、この14年のあいだに開催したファッションショーは一度だけであり、投資についても生産関連の技術にしか行っていない。 「我々は基本的に物事をゆっくりと進める」とヴァン・エシュ氏は話す。「テクノロジーや顧客行動は一般にめまぐるしく変化するものだが、顧客と繋がり、その体験を向上させる代替手段は常に存在する」。
変化の多いデジタル社会におけるアナログへの憧れ
昨今のアンチマーケティングの台頭は、単に現代のテクノロジーを否定しているだけでなく、急速に変化していく現代社会で本物志向(authenticity)やより深い繋がりを人々が求めていることに起因している。フィービーファイロ(Phoebe Philo)とボッテガ・ヴェネタ(Bottega Veneta)は、最小限のマーケティング戦略で同じくこのトレンドを活用している。 クリエイティブスタジオのMA+グループ(MA + Group)でシニアストラテジーディレクターを務めるポール・シモンズ氏は、「非常に根本的なレベルで、アナログ体験やアナログアイテムに対する憧れが存在している。というのも結局、デジタルではすべてがフラットになってしまうからだ」と語る。AIやアルゴリズムのせいで、今やどんなブランドのコンテンツも服も同じように見えてしまうようになったと同氏は指摘した。 一方で、従来型デジタルマーケティングの排除は他ブランドとの差別化を実現し、独占性と信頼性という、より希少な価値を提供することができる。たとえばフィービー・ファイロ氏は、セリーヌ(Celine)に勤めていたときから自身の名を冠したブランドを率いる現在に至るまで一貫して、同氏の作品の高度な職人技、品質のよさ、そして本質的な価値を際立たせるために、マーケティングの機会を利用している。また、フィービーファイロのインスタグラムアカウントも、主にアートインスピレーションや建築物の写真を投稿している。 「自身のブランドをほかと一線を画す大胆な革命家として際立たせるための得策は、無論、誰もがやっていなことをすることだ」とシモンズ氏は言う。「ただし、それが本当に効を奏するのは、そのブランドが唯一無二の存在である場合に限られる」。