なぜWBC王者の拳四朗は矢吹正道との死闘にTKOで敗れ具志堅氏の記録挑戦の夢が途絶えたのか…見え隠れした新型コロナ感染影響
プロボクシングのWBC世界ライトフライ級タイトルマッチが22日、西京極の京都市体育館で行われ、王者の寺地拳四朗(29、BMB)が10回2分59秒TKOで、挑戦者の同級1位、矢吹正道(29、緑)に敗れて9度目の防衛に失敗した。当初、10日に行われる予定だったが、寺地が8月末に新型コロナに感染したため12日間延期。10日の隔離で調整が狂った寺地の左ジャブにはキレがなく、8回を終えた時点での公開採点で大きくポイントを引き離されていた。9回から大反撃に出て10回に逆転KOを奪いかけたが、逆に返り討ちに遭い、具志堅用高氏の持つ13度連続の防衛記録への挑戦が終わりを告げた。劇画「あしたのジョー」の矢吹丈の名をリングネームとしてつけた異色の新王者は、「勝っても負けても引退するつもりだった」と衝撃発言を残した。王者側にはリターンマッチの権利があるため、両者が引退を選択しない限り、死闘となった名勝負に第2章が用意される可能性がある。拳四朗はプロ19戦目で初黒星。矢吹は13勝(12KO)3敗の戦績となった。
10ラウンドに劇的決着
血しぶきがとぶ。壮絶などつきあい。ボクシングというより拳闘の2文字がふさわしいファイトだった。王者の拳四朗の右目の上が醜く裂け、挑戦者の矢吹の右目はふさがり、互いに傷つきあっても、なお2人の闘志は火傷しそうなくらいに燃え盛っていた。 「もう倒すしかなかった」(寺地永会長) 8ラウンドが終わった時点での公開採点では、「78-74」「79―73」「77-75」で3者共に矢吹を支持していた。もう逆転KOしかなかった拳四朗は9ラウンドから勝負をかけ、10ラウンドも左右のめりこむようなボディ攻撃からストレートを何発もヒットさせて矢吹を棒立ちにさせた。 「何度かあきらめかけた」とは矢吹の回想。 だが、「佐藤という本名じゃおもろないでしょ」と、劇画の大ヒーローからリングネームを拝借した男には、あきらめられない理由があった。 観客席には、白いハッピをきた妻・恭子さんと、11歳の長女・夢月ちゃん、8歳の長男・克羽くんが見守っていた。矢吹はトランクスに2人の子供の名前を刺繍した。 「この試合で死んでもいいと思った。遺言のつもりで名前を入れた」 試合前の控室では、2人の子供の写真を見ていた。 七夕の短冊に子供たちが「世界チャンピオンになってね」と書いたのを見て「うるっときた」。 中学のときに知り合って互いに10代で結婚して苦労を共にしてきたひとつ年下の妻は、「世界王者になって一軒家を買ってね」と短冊に書いた。 「仕事(建築業)とジム、仕事とジムの生活。時には仕事が徹夜になることもあった」。恭子さんはそんな夫の努力を見てきた。 矢吹が、最初入門していた薬師寺ジムをやめ、一時、所属がなく、東京で活動しようとしていた頃には、妻がコンビニでバイトして生活を支えたこともあったという。 「すべてをかけていた」 逆転KO負け寸前からの再逆襲。 「なんとかもちこたえて最後にチャンスがきたんでいった」 ジャンプするような左右のフックから押し返すと、猛ラッシュ。拳四朗が、途中、横を向くほどの凄まじいパンチの嵐に、顔がのけぞり、まったく反撃の手が出なくなったのを確認すると福地レフェリーが試合をストップした。 「ヤッター!って感じ」 勝利の瞬間の気持ちをそう表現した矢吹はコーナーポストに駆け上がって吠えた。 「オレが世界一の男やでえ」 元WBA世界スーパーフライ級王者の飯田覚士、元2階級制覇王者、戸高秀樹以来、緑ジムから3人目の世界王者誕生を見届けた松尾敏郎会長も涙腺を緩ませていた。 「私自身、16回目の世界戦になるんだけど、一番感動させてもらったかもしれない。10ラウンドは、どちらが止められてもおかしくなかった。紙一重。あと2ラウンドはないと、自分で考えて勝負にいった。心の持ち方だね。ほんとに凄い。軽量級とは思えない試合だった。矢吹という男に感謝ですよ」 寺地会長は呆然としていた。 「なぜか失速してしまった。打ち疲れか、スタミナ切れか…」 医務室に長くいた拳四朗は、控室の前で元世界3階級制覇王者の長谷川穂積氏に激励されて手を膝の上において号泣した。