母の認知症の兆し。サンマ2匹入り7袋、トマト5個入り3袋…3人家族には多い数を注文し始めた
◆「あぶない刑事」にあこがれて 私は今年6月に、新作映画『帰ってきたあぶない刑事』を、膝の上にバッグを載せ、その上に母の遺影を置いて鑑賞した。 母は1986年から日本テレビ系で放映していたドラマ『あぶない刑事』の大ファンで、認知症になる前は影響を受けていたのである。スーパーの入口で待ち合わせをした時、「こっちよ!」と母の声がして、そちらを向くと、『あぶない刑事』の「ユージ」こと大下勇次(柴田恭兵さん)がカッコ良く銃を構えるポーズを真似て立っていたりした。 ある日、母が買い物から帰ると、家の前にシワだらけのコートをきた中年の男性がいた。母が「何か用ですか?」と聞くと、その男は「この先の道路で夜中に轢き逃げがあり、物音とか気づいたことはありませんか?」」と言い、警察手帳を見せた。 そのとたんに、母はその男に体当たりをして玄関に飛び込み、ドアに鍵をかけた。 母は「帰れ!警察を呼ぶぞ!ニセ刑事だと分かっている!」と、叫んだ。男は「奥さん、本物の刑事です。信じてくださいよ」とドアの向こうで情けないような声で言っている。母は絶対に開けなかった。母が窓を少し開けて見ると、その男は、うちの軽自動車をジロジロ見てから帰ったそうである。 後日、母は近所の人から、轢き逃げ事件のために警察が聞き込みをしていることを聞いた。母は「警察手帳を、『あぶない刑事』のユージみたいに、サッとカッコ良く見せなくて、モタモタ出したからニセ刑事だと思った」と、私に真顔で言い、反省はしていた。そして、「コートが古めかしくて、ヨレヨレだったから」と付け加えた。母はNHKや日本テレビで放送の『刑事コロンボ』も好きだったので、私は「ヨレヨレのコートなら刑事コロンボもそうじゃない」と言った。すると母は「あの人には風格がある」と即答したのである。私は本物の刑事さんに対して、申し訳なく思った。
◆医師による貴重な現場の声 私は雨が降る前にめまいや下痢をするという天気予報体質で、母とは別の医師にかかっていた。母が大相撲放送を忘れたことを言うと、医師は「主婦の認知症は冷蔵庫内を見れば分かる。同じものばかり入っていたら認知症を疑うしかない」と話してくれた。 母は生協の宅配を頼んでいた。そういえば、冷凍室はサンマだらけ、野菜室はトマトばかりだった。 「先生は内科医ですよね。どうしてそんなことが分かるのですか?」と質問した。すると医師は、「うちがそうなの。母が卵ばかり買ってきて、冷蔵庫は卵だらけ」とのことだった。 事件は冷蔵庫内で起きていた。医師による貴重な現場の声であった。 兄は3食自宅で食べていた。何でも食べ、母のワンパターンの食事に文句を一切言わなかったようだ。ちなみに兄は統合失調症の症状が良くない時に、「ご飯に毒を入れたな」と妄想で言ったが、それでも完食するという食いしん坊だった。 母が毎週書いている生協の注文用紙を見ると、サンマ2匹入り7袋、トマト5個入り3袋など、3人家族には多い数を注文していた。 私は「休日に1週間分の買い物をするから、生協はやめよう」と提案したが、母は「何でやめるのよ」と怒り、泣きそうにもなった。 母は一週間に一度の宅配日に、毎朝、玄関に注文用紙を置いていた。私は出勤で玄関を出る時、サンマやトマトの袋の数を書き直した。母はそれに気づかず、配達されたものを、素直に受け取り始めた。この作戦は成功したのである。 同じものの購入は、認知症の行動では珍しくない。しかしその後、母の行動は認知症の専門家も首をかしげるものになり、その対応で私の睡眠時間は1日2時間となった。
しろぼしマーサ