ウフィツィ美術館で見るべき傑作3選──古代ローマ・ルネサンスの至宝やマニエリスムの代表作など
3. サンドロ・ボッティチェリ《ヴィーナスの誕生》(1485年)
トートバッグやTシャツ、傘など、ギフトショップに並ぶさまざまな雑貨に、ボッティチェリのヴィーナスが印刷されているのを見たことがある人は多いに違いない。彼女はリーボックのスニーカーの売り上げに貢献し、アンディ・ウォーホルやジャン・ポール・ゴルチエといったアーティストやデザイナーのインスピレーションの源泉になってきた。2023年初めには、女性観光客の体にヴィーナスの頭を合成した画像がイタリア観光の広告キャンペーンに使われたが、これは大不評に終わっている。 ボッティチェリが描く愛と美の女神は、なぜこれほどまでに人々を魅了し、ルネサンスの象徴として浸透しているのだろうか。その理由の1つは、柔らかなパステル調の色彩やヴィーナスの輝く肌と流れるような長い髪、ゼピュロスとアウラが吹き付ける風に乗ってキプロスの岸辺に漂ってくる悠然たる姿などが相まって醸し出される優美さかもしれない。それと同時に、神話的な題材は、この作品が制作された当時に高まっていた人文主義への関心を反映しており、古代ギリシャ・ローマの裸体表現への関心もうかがえるなど、同時代に主流だったキリスト教美術とは明らかに一線を画するものだ。 《ヴィーナスの誕生》の姉妹作とも言える《プリマヴェーラ》の制作は、ボッティチェリがシスティーナ礼拝堂に3つのフレスコ画を描くよう依頼された時期と重なっており、《ヴィーナスの誕生》はそれらのすぐ後に描かれている。その胸元と陰部を隠すようなポーズは、「恥じらいのヴィーナス」と呼ばれる古代彫刻を参照したものだ(ウフィツィ美術館所蔵の《メディチ家のヴィーナス》もその1つ)。その後、ボッティチェリの作品はキリスト教色を強め、人気がなくなっていく。ドミニコ会修道士のジローラモ・サヴォナローラを信奉するようになったボッティチェリは、1497年にキリスト教徒たちが行った「虚栄の焼却」(美術品や宝石、鏡、その他の装飾品など、信仰心を妨げるものを焼却)に参加している。